アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#157

小さな裁縫箱
― 土屋文美

(2026.01.05)

初めて祖母が私に用意してくれた裁縫箱は小さなアルミの缶でした。アルミの缶もともと祖父の使っていたものそこに大切に包まれた針やボタン、糸などを丁寧に詰め込んで、私がいつも使えるように用意をしてくれました。当時洋菓子が苦手だった私も缶には興味津々でお客様が来るたびに母にせがんで手土産のお菓子の缶を貰っては、家中で集めたハギレや刺繍糸などを詰め込んで、祖母からの裁縫箱と共に使っていました。

小さな裁縫箱は今もまだ私と旅を続けている相棒です

小さな裁縫箱は今もまだ私と旅を続けている相棒

ついつい集めては詰め込んでしまう缶もの

ついつい集めては詰め込んでしまう缶もの

共働きの両親の代わりに祖母から仕込まれたものは、「もったいない精神」でした。小さなあまり布でも捨てず、つぎはぎして使い、紙や新聞も勿論のこと、再利用するが当たり前の毎日まだ世の中に「エコという言葉が浸透していなかった時代友達の家に行くときもマイコップやマイ箸を持参し、「1人リサイクル活動家としてゴミを減らす行為をカッコイイ! と思っていました。
しかし、祖母が私に本当に伝えたかったのは、人や物に対する思いやりの精神だったのかもしれません。“受け取った親切な想いは自分で止めずに、次の誰かの幸せのために、あなたも渡しなさい”と。
いつもいつも祖母に言われていた、その優しく、魔法のような言葉を、今も心の中で温めています。人から頂いた素敵な笑顔や温かい言葉、手土産といった心遣い。心を貰いっぱなしにせず、次の人へまわしていく、それはまたいつか必ず自分のところに返ってくるのよと。その考え方とても新鮮で、自然心地く私の中に浸透していきました。恩返しとは少し違う、うれしかった気持ちをまた次の誰かへ送る「恩送り」の考え方は、いつしか私の生きる指針となり、ずっと中心に息づいています。もしかしたら私が救われたように、別の誰かも私の笑顔で救われることがあるかもしれない。そんな気持ちが数珠つなぎのようにどんどん伝染したら素敵だな、と。これは、私の主宰するテキスタイルブランド・「Laboratorio 4 quattro (ラボラトリオ クアトロ)」の“Connect with you ”(次の笑顔へ繋げる)というコンセプトにもなりました。

2012年に立ち上げた 「Laboratorio 4quattro (ラボラトリオクアトロ)」。ものを作る過程で出るハギレや廃材、 古布などを使用し、そのキズや汚れひとつひとつの表情、端材からのインスピレーションを楽しみ、雑貨を中心に制作

2012年に立ち上げた 「Laboratorio 4 quattro (ラボラトリオ クアトロ)」。ものを作る過程で出るハギレや廃材、 古布などを使用し、そのキズや汚れひとつひとつの表情、端材からのインスピレーションを楽しみ、雑貨を中心に制作

裁縫箱のお話に戻ります。
祖母の隣で、私だけの裁縫箱と作業をするのが大好きでした。洋服についている共布(ともぬの)やあまり布を細長く切って折り目をつけたらミシンでまっすぐ縫、長い紐を作るのが当時の私の仕事(そう思っていました)。次第に、紐をぐるぐる巻いたものが溜まっていきます。それらはラッピング用のリボンとして活用されましたが、友人たちの反応は、なにこれ? という感じで、手作りの紐たちが人に渡った後どうなるかなど考えたこともなく、自己満足で完結していました。それがある日、私が作った紐を、ヘアアクセサリーとして髪に結んで遊びにきてくれた子がいたのです。嬉しそうに使ってくれているのを見て、とても心を打たれました。はじめて人に使ってもらえる喜びを知り、自分の世界が変わるほどの衝撃的な出来事となりました。
私の中に深く刻まれた「もったいない精神」から生み出されたもの、本来廃棄されてしまう素材が、わたしの指先を経て、新しい物語を紡ぎはじめること。この経験が今の私の仕事に繋がっています。

イタリアでは毎回訪問する教会

イタリアでは毎回訪問する教会

屋号をつけて自分のブランドを始めた頃、旅先のイタリアとある教会に入ったときのことです。ステンドグラスから光が溢れキャンドルの炎が周りを暖かく照らし、人々が祈りを捧げている、穏やかな素晴らしい世界がそこにありました。何とも言えない感情が湧き上がり心が揺さぶらたのを強く覚えています。
それ以来、Laboratorio 4 quattroの作品は、“窓辺でやさしく揺れる布のステンドグラス”をイメージしながら制作しています。作品の材料は色々なご縁で繋がった生地屋さんやデザイナーの方々から譲り受けた廃棄されるはずのハギレたちです。

リネンやアンティーク着物を繋ぐ

リネンやアンティーク着物を繋ぐ

シチリアの友人のアトリエにて

シチリアの友人のアトリエにて

私の活動は今年で12年目になります。少しずついろんなことが移り変わる世の中でただ祖母と一緒にいたくて始まった日々の続きのように、小さな小さな裁縫箱を広げ、飛行機でも旅の道中でも、チクチクと手を動かすのが私のスタイルです。
「なにを作ってるの?」
興味深げに覗いてくる人々と他愛ない話をしながら旅を楽しみ、その土地の空気を吸い込み、人と交流する。そうして旅の思い出と笑顔が私の手先に伝わり、またその先の笑顔に繋がっていく。そんな制作が楽しくてたまりません。
小さな裁縫箱が、言葉の壁を超え人と繋がるツールに変わるとき私の世界大きく広がります。それはまるで祖母からもらった優しい魔法のよういつも勇気づけられるのです。


土屋文美(つちや・あやみ)

京都芸術短期大学(現:京都芸術大学)服飾学科服飾デザインコース卒業、アパレル業界勤務後、2012年 「Laboratorio 4 quattro (ラボラトリオ クアトロ)」を立ち上げ、ものを作る過程で出るハギレや廃材、 古布などを使用し、そのキズや汚れひとつひとつの表情、端材からのインスピレーションを楽しみ、雑貨を中心に制作。ハギレに新たな命を吹き込み、1枚1枚縫い繋いだ布のステンドグラス・“Light Through Fabric”(光を通す布)を中心に展示会を開催。
小さな笑顔の繋がりが大きな力になる事を信じて、“Connect with you”(次の笑顔へ繋げる)をコンセプトに京都を拠点に活動中。

Instagram: @laboratorio_quattro