アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#145

ChatGPTと誠意
― 尾角典子

(2025.01.05公開)

昔は切手や小物などの収集癖がありましたが、気づけばそんな癖もなくなり、今はできるだけ身軽に生きたいと思うようになりました。コロナ前まではどっぷりイギリスに定住していましたが、コロナ禍の間にロンドンの家を手放したこともあり、現在はロンドンと京都を行き来するノマドのような生活を送っています。2つの都市間を移動するたびに荷物を減らす工夫を重ね、いつかハンドバッグひとつで長距離移動ができるようになれたら素敵だなと夢見ています。

学生時代にアニメーションを始めた頃、図書館で見つけた気になる図録を片っ端からコピーしてしまうのがやめられなかったことを覚えています。それはコラージュアニメーションに必要な素材集めの一環でもありました。もしその頃「愛用の道具は?」と聞かれていたら、間違いなく「コピー機」と答えていたと思います。

その後、プリント・コピー・スキャン機能を搭載したモノクロレーザー複合機を手に入れました(レーザープリンターというのがこだわり)。そこにラップトップとワコムペン。この3つが揃えば、どこでもアニメーション制作ができるようになりました。現在ではコピー機を使う頻度は減りましたが、それでも複合機を購入するのは、学生時代の名残だと思います。複合機は重いため、ロンドンと京都に1台ずつ置いています。ただ、技術の進化により複合機も小型化されてきているので、ロンドンや京都以外の都市でも、ハンドバッグひとつで長距離を移動する生活ができ、私の世界ノマド生活が完成する日が近いうちに来るかもしれません。

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「尾角典子 #拡散」展示風景  2024年  撮影:小山田邦哉 - RealTokyo-「尾角典子 #拡散」展 space(十和田市現代美術館サテライト会場) 2024.7.6 – 9.8(住吉智恵氏による本展のレビュー)

「尾角典子 #拡散」展示風景 2024年 撮影:小山田邦哉

RealTokyo–「尾角典子 #拡散」展(住吉智恵氏による本展のレビュー)

とはいえ、最近はアニメーションだけでなく、インスタレーションなど新しい表現方法にも挑戦することが増えてきました。ではコピー機以外で最近よく使うものは何だろうと考えると、ChatGPTかもしれないということに気づきました。使い始めたきっかけは、まず日本語で書いたものを英文に直してもらい、おかしいところがないかチェックすること。反対に、英文で届いた文章を日本語に訳して誤解がないか確認する、といったシンプルな使い方でした。

それから英文メールを書く際に日本人的な謙譲表現を使いすぎてしまい、英語圏の人は不快に感じるかもしれないと思ったことがありました。試しにChatGPTに相談したところ、「謝りすぎです」と案の定指摘され、具体的な修正案を提案されました。このとき、ChatGPTの使い方がただの翻訳から一歩踏み込んだ使い方になった瞬間でした。それ以降、日本語で文章を書くときも英語圏に慣れすぎてて日本語大丈夫かな? という思いでChatGPTに聞くことがあります。

最近、イギリスにいる長年の友人に頼みごとをしたところ、「いやだ」と返事が返ってきました。数週間前に彼を手伝ったばかりだったので、当然「いいよ」と答えてくれると思っていたため、驚きました。人それぞれいろんな特徴があると思いますが、長年の付き合いから、彼はひとつのことに集中してしまい、一度に複数のことに気を配るのが難しい人だと感じていました。この世は因果で成り立ち、give and takeである、という考え方が通用しない世界に放り込まれたように感じました。過去は過去として、すべてがリフレッシュされた今の時点から、彼にお願いするしかないという状況を理解しました。そこで彼に返信しようと書いた文をChatGPTに見せ、相手の特徴を伝えて納得してもらえるような文章に書き直してもらうようお願いしました。すると、ChatGPTに「感情的すぎる」と指摘され、簡潔で論理的な文章を作成してもらいました。打つ手なしだった私は、その文章を丸々コピペして送ってみることにしました。そしたら見事に「イエス」の答えが返ってきたのです! なんというテクノロジー! 自分の主観だけでは解決できなかったことが、人類の経験データの集大成によってコミュニケーションが円滑になったと思った瞬間でした。

結局彼は忙しく、お願い事は保留になってしまったのですが、数週間後、同じ彼から今度は私がお願いをされる立場になりました。仕事の都合上どうしても応えられず断ったものの、何度も同じような連絡が来たため、きっと私の英語が下手で感情的すぎて、こちらの状況が理解されていないのかも。と思い、再びChatGPTに助けを求めました。提案された文章をコピペして「問題解決~!」と意気揚々と送ったところ、「もしかしてChatGPT使った?」と返信が。その瞬間、一気に恥ずかしくなり、慌てて感情的で文法も間違いだらけの英文を自分の言葉で返信しました。最終的には彼が私が手伝えない状況にあることを理解し、解決しました。

相手にちゃんと伝わってほしい、という気持ちからChatGPTに頼ることがありますが、それは私たちのコミュニケーションを助ける一方、最終的に相手に何かを伝えるには自分自身の言葉と誠意、そして熱意が必要なんだろうな。と原点に戻るような出来事でした。。。

結局、こうした出来事を通じて、テクノロジーを介したコミュニケーションの整合性を観察したり、「なぜ自分は恥ずかしく感じたのだろう?」といった内観を深めることで得られる気づきは、今後の作品制作にも影響を与えるのではないかと感じています。

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尾角典子(おかく・のりこ)

Royal College of Art アニメーション修士課程を修了後、東京のデザイン事務所に勤務し、その後再び渡英。現在はロンドンと京都を行き来する生活を送っている。アニメーションにとどまらず、VRやAIといったデジタルメディア、パフォーマンスにも活動の幅を広げている。最近の展示では、十和田市現代美術館サテライト会場での個展「#拡散展」(2024)がある。

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