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アネモメトリ -風の手帖-

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#44

Mamiya RB67
― 茂木綾子

(2016.08.05公開)

ものに対する執着があまりないので、これといって大切にしている道具というのはないのだけれど、やはり写真家として活動してきたので、長い付き合いになるカメラについて書いてみたいと思う。
私が今も使っている中型カメラMamiya RB67に出会ったのは、ドイツに暮らしはじめてから4、5年経った頃、今から15年くらい前のことだ。それまでは友人にもらったMAKINAというお弁当箱みたいな形をした中型6×7カメラを主に使っていた。普通の一眼レフのように首にかけて、撮るとき蛇腹に付いているレンズを引き出して、被写体に向かって撮る。このカメラが来てからブローニフィルムを使うようになった。フィルム一本につき9枚しか撮れないので撮る枚数が減ったことと、フィルムのサイズが大きい分画質の決めが細かくなったところが良かったが、レンズが標準のみなので接写ができず距離感が変えられなくて少し物足りなかった。
そんなとき、このMamiya RB67をドイツ人の友人が持っていたのでちょっと貸してもらった。一度使ってみたら、もの凄いい感じで接写ができ、今までに無い奥行きがあって「これだー!」とすぐに中古の同じカメラを買ったのだった。でもけっこうな大きさでやたら重いし、シャッター音もガシャーン! となかなかな迫力で鳴る。小さな身体の私にごついカメラ違和感があるのかよく笑われたり不思議がられたりした。撮り方は箱の上に付いてる蓋をパカッと開けると丸い覗き窓が現れて、その中を頭を下げて覗き込む。被写体には直接視線を向けないので、内向的な感じになってより自分の世界に入り込んでいく感覚があった。
カメラの中を覗いて無我夢中になっていくと、普段目だけで外の世界を見ているのと少し違い、自分を取り巻く世界の中に自分がいることをどんどん忘れていって、被写体と自分の境界が溶けてなくなり、見るものと見られるものがひとつになっていく。そういうとき私はとても幸せな気分で、ただもう光のダンスだけを見ているような感じだ。そうやって何にも考えずにガシャーン! ガシャーン! と壊れかけの旧式ロボットみたいなごついカメラと、私の内側で光に融け込んでいきどんどん軽くなっていく精神状態のコントラストが改めて考えてみるとなかなか面白い。写真を撮る瞬間以外は、カメラを背負って歩きながら、もうなんでこんなに重いのかなー? こんなに重いせいでよっぽどの意思を固めない限りなかなかカメラを持ち歩かなくなってしまったのに、と思っている。それでもまだこのカメラで撮ることにこだわっている。フィルムも生産されなくなってしまったから在庫のフィルムがこの世から無くなったらもう終りだ。このカメラで写真が撮れなくなってしまったら、とても悲しいし正直困る。このカメラで撮った写真の質感、奥行き、光の柔らかさが好きだし、この感じが自分の作品の重要な要素なのに。もうあと何枚このカメラでフィルムで写真が撮れるのだろう? いつまでフィルムが手に入るか分からないが、今はただ一枚一枚を大切に撮るしかない。
こうして書いていて、冒頭に「ものに対する執着があまりない」と言いながら、めちゃめちゃこのカメラに執着しているじゃないか! と今ハッと気付いた。でも本当はそれ程執着していないのかもしれない。ただ今まで使ったデジタルカメラではあの質感や光は再現できないし、その質感がやっぱり好きなだけだ。別に物体としてのカメラを愛して執着している訳ではない。そう思い直して少しほっとした。
いつかこのカメラで撮ることができなくなったら、この不自由なカメラを使うことを通して「見るものと見られるもの」を1つにする経験をし、プリントして形に止め、人に見せてその記憶を共有することはできないけれど、仕方ないのでもうそれで満足しよう。もしかしたらそれは、私にとって、その一連のプロセスを必要としなくなった、ということかもしれない。

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茂木綾子写真集「traveling tree」赤々舎

茂木綾子写真集『travelling tree』赤々舎

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茂木綾子(もぎ・あやこ)

1969年北海道生まれ。東京藝術大学デザイン科中退。92年キャノン写真新世紀荒木賞受賞。97年よりミュンヘン、06年よりスイスのラコルビエールに 暮らし、多彩なアーティストを招待し、生活、制作、交流を実験的に行うプロジェクトを企画実施。09年淡路島へ移住し、アーティストコミュニティ「ノマド村」をヴェルナー・ペンツェルと共に立ち上げ、様々な活動を展開。06年、10年に雑誌『COYOTE』でフォトエッセイ「CARAVAN LOST」を連載。09年よりArt Gallery MISAKO & ROSEN所属。13年写真集『travelling tree』を赤々舎から出版。映画作品:『島の色静かな声』75分カラー・silent voice(2008)DVD発売中、『幸福は日々の中に。』70分カラー・silent voice(2015) 渋谷イメージフォーラム他全国で上映。 http://silentvoice.jp