アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#21

敬意を払う
― 柳原照弘

(2014.08.05公開)

北関東に住む猟師から狩猟の話を聞いたことがある。僕らが生き物の命を奪うことは決して楽な事ではないことを知っているように、その彼もまた、様々な想いを背負い、山へ向かう。道具は必要最低限のものだけにし、必ず一人で山の中に入ることを決めているそうだ。大勢の人間で追い回せば、簡単に仕留める事ができるけど、彼はその相手に失礼だと言った。相手の呼吸に合わせて近づき、そして出来るだけ痛みを感じないように手際よく仕留める。神聖な儀式のようにも感じるその行為は、命を奪う相手に対しての最低限の敬意だと教えてくれた。

この「敬意」という、なんとも曖昧な言葉は、僕がモノをデザインしたり、購入したりする時にも度々登場する。モノに対して敬意を払うことができるか? 敬意を払うことができるモノなのか? いつもそうやって自分自身に問いかけ、納得したモノだけを使い、製品化することにしている。

普段、使っている道具の中で、とりわけ敬意を払っているのが土鍋である。
スタジオに在る3つの土鍋はすべて陶芸家、石井直人さんの手によるもので、自分がデザインしてもこれより良いものが作れることは無いと、もうずっと前から諦めている。炊飯器は使っていない時には隠したくなるが、この土鍋はそうはならない。直人さんは、茅葺き屋根の古民家を京丹波の山麓に移築し、生活工芸をデザインする妻のすみ子さんと二人で暮らし、傍らにある登り窯で土を焼いている。その土地の営みの中で生み出された陶器は、登り窯のうねる火の中で耐えきれず歪んだり、思いもよらない灰が被ったりと、縄文にも似た魅力があり、使い手に余地を残した道具としての美しさを持っている。最初にその土鍋に出会ったのは約3年前。写真家の鈴木心君と、窯に隣接するギャラリーを訪れた時だった。最初は全く買うつもりは無く、小さなスペースに少しだけ置かれた陶器をさっと見たらすぐに帰るつもりだった。なのに、しばらく眺めていると、どれも全く違う表情を持っている事に気付いてしまい、その魅力に引き込まれてしまった。結局、夜遅くまで話しこみ、二人で手に抱えきれない量の作品を持ち帰ることになった。持ち帰ってきたものの中に土鍋があった。表情と佇まいを重視したので、美味しいご飯を炊く条件でもある鍋と蓋の密閉性があまり良くない。にも関わらず、なぜかとても美味しいご飯が炊きあがってしまう。作り手である直人さんの性格そのものだ。

土鍋は手入れが大変だからと諦める人もいるが、火をかける時に、底が濡れていないことを確かめる、強火のままにしない、洗剤を使わない、水気を取る。これくらいを守れば良いのでそんなに面倒ではない。手がかからないのではなく、手を入れることで魅力が増す土鍋は、使えば使うほど愛着の湧く道具になっていく。こんな話を数人にしたら、早速、丹波の窯を訪れたらしく、今では土鍋の話題で盛り上がる仲間が増えてきた。

京都の北山にあるスタジオでは、米を研ぐことから仕事が始まる。時間がある時は近くの地下水を汲んでおくが、無い時は水道水を濾過し、一度沸騰したものを使う。京都市内は比叡山や鞍馬から流れ伝わる地下水脈が豊かで、市内の至る所で地下水を汲む事ができるので水を汲む事は面倒ではない。さっと軽く研いだあとは暫く水に浸しておく。午前中の仕事を終えてお腹がすいてきた頃に台所に戻り、火をかける。最初は中火で、土鍋と蓋の間の隙間からぐつぐつと音が聞こえてきたら火を弱め、15分程経ったら火を止める。あとは、15分程蒸らすだけ。炊きたては水分が少し多いかなと感じるくらいが丁度良い。炊いている間に他の料理をさっと作ることもあるが、前日から取っていた昆布と鰹の出汁を使い、買ってきた魚を炙って、土鍋に放り込んでおけばご飯が立派な主菜にもなる。便利な道具として炊飯器が開発されてきたと思うが、実は炊いている時間は殆ど変わらない。

ボタンを押すだけで、自動でご飯が炊きあがり、電子音が時間を知らせてくれる炊飯器と、炊きあがるまでの間と使った後に少しだけ気にかけないといけない土鍋。この二つの差は時間の質だと思う。土鍋の中に気にかけるほんの少しの時間がどれだけ人を豊かにするのか。それは、土鍋を使い、口に入れた人だけが分かるものなのかもしれない。僕はこの時間を与えてくれる土鍋に敬意を払い、丁寧に扱う。人間が求めるものが利便性や効率では無く、質になっていけば、人々の生活はもっと豊かになるだろう。そんな未来を夢見て、日々道具を使い、モノ作りに励んでいる。

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写真:柳原照弘

柳原照弘(やなぎはら・てるひろ)
1976年香川県生まれ。デザイナー。2002年自身のスタジオを設立。デザインする状況をデザインするという考えのもと、国やジャンルの境界を超えたプロジェクトを手がける。KARIMOKU NEW STANDARDや1616/arita japan等の国内ブランドの設立に携わるほか、国外の企業にもデザインを提供している。作品所蔵:フランス国立造形センター(CNAP)等。現在は佐賀県有田焼創業400年事業「2016/project」ディレクター、DESIGNEASTディレクター。共著に「リアルアノニマスデザイン」(学芸出版)、「ゼロ年代11人のデザイン作法」(六曜社)など。
http://teruhiroyanagihara.jp/