アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#125

キャンドルとマッチ
― 相原祐子

(2023.05.05公開)

5年前、右も左もわからないこの土地でカフェを始めた。
それまで神戸に訪れたのは数回ほど。土地勘というものは一切持ち合わせてはいなかった。
ただ、山と海が近く風の通る心地の良い場所だということは、肌で感じた。
案内された物件の、アーチ窓から店内に差し込むやわらかで美しい光に導かれたようだった。

長年思い描いていたカフェを営むということ。その高揚感もあり、毎日が新鮮で楽しく過ごしていた。
慌ただしく営業を終え、自宅にもどり、キャンドルを灯して入浴することが楽しみのひとつ。一日の疲れを癒してくれる大切な時間となっていた。

キャンドルとマッチ1

店を始めてから2年経った2020年、目に見えない不安や恐怖で世界がすっぽりと包み込まれた。例にもれず私もざわつき、心が大忙しとなった。
外部からの刺激によって生まれる感情の起伏ほど疲れるものはない。
営業に関しても同じことが言える。お客様が多い日、少ない日。晴れの日、雨の日。平穏な日、思わぬアクシデントなど、とても小さなことだけど、振り子のようにどんどん大きく振れていくかのよう。
この頃、カフェを休業せざるを得ない状況となり、店と自身に向き合う時間ができた。
キャンドルを灯す時間も自然と増えていった。今まで日々に追われていた私には、なんとも言いようのない時間だった。

キャンドルとマッチ3

 キャンドルを灯す道具は、マッチと決めている。擦った音、香り、生まれ出た炎、消した後のほのかな残り香。どれも欠かせない大切な要素。
だからマッチを集めることも好きで、それを知っている友人は、行く先々でマッチを見つけては手に取り、渡してくれる。喫茶店や海外のカフェなど様々だ。それぞれのポリシーやスタイルが小さな箱に表現され、にじみ出ている。マッチを擦ることで想いを馳せ、まだ見ぬ世界を想像する。

私のキャンドルの楽しみ方
1.香りや佇まいを眺め、今の自分とフィットするようなキャンドルを選ぶ。
2.マッチを擦って火を灯す。やさしく目を瞑り、深呼吸。瞼の裏に透ける赤い光が心地よい。
3.火を消し、キャンドルの香りを最後までをしっかりと味わい、静かな時間を過ごす。頭の中のおしゃべりが止まり、しーんと、静寂の時間が訪れる(なんとなく儀式のよう)。

しばらくして、おひとりさま限定のカフェとして営業を再開した。
ずっと思い描いていた店のカタチ。とてもしっくりとくる日々だった。
ここに足を運んでくださる方には、誰に合わせることなく思いのままにお過ごしいただきたい。
本来の自分に戻る場所として。

今年の3月にカフェの隣にアトリエをオープンした。
ここから生まれる小さなきらめきの雫が波紋となり、心のみずうみにそっと広がりますように。という想いを込めて。カフェでは静かにととのえ、アトリエで小さく動き始めるイメージ。
どちらも「ただここに在る」ということを意識した。それが役目のような気がしたから。

私の生活にキャンドルとマッチは度々登場する。
開店前、閉店後のほんの少しの時間。気持ちを切り替えたい時や、心を鎮めたい時。
5年前と現在とでは、あたりまえだけど状況も環境も変化している。
しかし、どんな時もお守りのようにそっと寄り添ってくれる。
そんな存在が、とても頼もしくあたたかい。

今日もキャンドルに火を灯し、淡々と粛々と一日を紡いでいく。

キャンドルとマッチ2


相原祐子(あいはら・ゆうこ)

大阪府出身。
大学では写真を専攻し、卒業後上京。
14年暮らした東京を離れ、神戸で2018年3月café licht
2023年3月café lichtの隣にatelier lichtをオープン。 

café licht https://www.instagram.com/cafe_licht/?hl=ja
atelier licht https://www.instagram.com/atelier_licht/?hl=ja