アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#115

「詩」― 時間の旅
― 木坂宏次朗

(2022.07.05公開)

1枚目IMG_2954

夜空を見上げると、数億年前と数千年前、また数時間前に生まれた光をひとまとめにして見つめることができる。もう存在していない星も、誕生したばかりの星も、同じ夜空に輝いている。そして、私たちが見ることのできるそれらの星々も実在している天体の中のほんの1パーセントにすぎないと言われている。

-「上がるのも下がるのも同じ一本の道」

-「目に見える調和より、目に見えない優れた調和がある」 ヘーラクレイトス『ソクラテス以前哲学者断片集』より

私たちの思考の中も、見上げる夜空と同じような景色があるのではないでしょうか。
私たちの持つ時間の概念は先天的のものと考えがちですが、人間以外の動物にはそのような概念は無く、まして天体には、時間の概念を通して観ることのできるものはごく限られたものだけです。ラテンアメリカの時間感覚は「プールに溜められていく水のようなもの」と言った中南米美術の研究者がいますが、私たちの創造的な思考の歩みは、直線的な西洋の時間でも、循環的な東洋の時間でもない、過去も現在も未来も溶け込んだ水の中を泳いでいるような、時間の概念から解放された感覚に近いものではないのでしょうか。

3枚目IMG_2965

28年前、北欧に出発する日、見送りに来た友人から手紙をもらった。手紙には、T.S.エリオットの詩が添えられていた。何度も繰り返して読むうちに、詩の内容が私の出発の景色となりました。その頃は、T.S.エリオットの詩がその後、現在に至るまで、私の制作のモティーフとなるとは、全く想像もしていませんでした。詩は、わたしの「手のひら」にある1枚のチケットのようなもので、それはひとつの貝殻が海を物語るように、わたしを時間の旅に連れて行ってくれます。

フィンランドでの暮らしは、毎日通う図書館での書物との対話が私の制作の源泉となっていました。書物の中に出かければ、近代や中世、古代まで旅することができます。詩は不思議なもので、その詩がいつの時代につくられたものであっても、詩を読むことは、過去に遡り思索の旅をするばかりではなく、今現在、目の前に広がっている世界の光景の一部として捉えることができます(そしていつも私だけに密かに語られる)。すべての詩の中に語られているものには、現在の私たちの感性で感じ取れないものはなく、波の音やスミレの香り、森の蒼さと頬を触る春風。またそこに書かれていない絶望や希望もすぐ傍で感じ取ることができます。そして、詩人が詩を生み出す前に、言葉になる前に感じた世界を想像します。

「わたしはバラの香りそのもののうちに幼時の思い出を嗅ぐ」 アンリ・ベルクソン『時間と自由』より

言葉が生まれる前、また色や形が、音楽が生まれる前の景色を想像します。そうして、わたしの持つ景色と重ね合わせ、作品づくりは始まります。制作を始めることは、描く対象の源泉に向かうことです。そして制作を中断し見つめることで作品の終着点が見えてくることがあります。

2枚目IMG_2958

– わたしの始まりにわたしの終わりがある。 T.S.エリオット「イースト・コウカー」より

わたしが見ている景色は、また誰かも見た景色であって、1人の人生の体験にとどまらず、幾世代の人々の体験を通した、それは絶えず動きながら静止した光景なのでしょう。それは見上げる夜空の光景と等しく、過去も未来も同時に存在する世界に、想いを巡らす旅を繰り広げることができます。
けれど、見えているのはほんの一部、小さな薄片なのだ。
私たちは、目に映るもので世界を判断しようとするが、目に映らない世界の方がはるかに多く、神秘に満ちている。そのことを踏まえ、あらためて夜空を見上げれば、またたく星々のつくり出す情景は、まったく違った姿をしてわたしの前に現れてくるのです。

– そして、すべての探求の終わりは
   われらの出発点に到達し
   その場所を初めて知る。 T.S.エリオット「リトル・ギィディング」より

4枚目IMG_2967


木坂宏次朗(きさか・こうじろう) 

美術家
京都生まれ。1991年に京都精華大学造形学部洋画科を卒業。1993年にフィンランドに渡り、1994年アルバラアールトミュージアムのユヴァスキュラ芸術協会公募展に入選。1995年にフィンランド サマーフェスティバルの招待作家に選出され、ユヴァスキュラ市より個展開催へ奨学金、芸術舞台制作のための助成金を受ける。1996年にはフィンランド ウィンターフェスティバルでの舞台美術作品監督業に対しフィンランド政府、文化庁より奨学金を授与された。1996年に帰国後は京都を中心に作家活動を行なっている。ダンス、演劇、オペラグループのためのステージ、衣装、メイクアップ、グラフィックなどのデザインや個展、グループ展での作品発表のほか、数々のワークショップ、講演、学会での研究発表も行なっている。

○近年の主な活動

2015 個展 木坂宏次朗展 ときの忘れもの(東京)

2016 個展 “Monas 光の始まり” 上門前の家 森田建築設計事務所(京都)

2017 第30回日本T.S.エリオット協会大会 研究発表
    「絵画の中の詩 詩の中の絵画ーFour Quartetsをめぐる絵画表現の一軌跡」(岡山)

2018 個展 Still point – 闇は光の一部 – Gallery 揺(京都)

2022 “Through the Clouds” アーティストの見た無鄰菴 vol.2 (京都)

2022 個展 Still point – 闇は光の一部 – 2kw Gallery (滋賀)

Website –  https://kojirokisaka.com