(2022.03.05公開)
私には音楽を送る習慣があります。もともとは、お気に入りの曲を集めたプレイリストを作り、友人と交換する遊びからはじまりました。振り返ると、高校時代はラジオから流れてくる曲をテープに録音したり、家族が寝静まる時間を見計らいダビングをして遊んでいました。実家にあったWラジカセは、2種類のテープを同時に再生したり声が録音出来、CDやラジオも聴けるプレイヤーでした。聴き込みすぎて伸びてしまったテープは大半がもう再生出来ません。技術の進歩とともにこの遊びもCDやMD、YouTubeやSpotifyへと形を変えましたが、身近な人へ宛てたミックステープ作りは私のものづくりの出発点です。
アンテルーム京都で宿泊に携わるようになり約11年になりますが、話題の施設や新しいサービス、地域との繋がりを求め、様々な場所へ行く機会が増えました。アートを宿泊体験に取り入れ、旅の滞在を通してアートが身近に楽しめる環境も整ってきていると感じます。一方、お客様から「アートの見方がわからない」という声もよく聞きます。スマホの画面を通し、1秒間に50GBの情報量が脳に入ってくると言われる現代。好きや嫌いから「なぜそう思ったのか」という問いを探し自分との繋がりを見つけていく作業を、難しく感じられるのかもしれません。私の役割はこうしたお客様に気づきや学びに繋がるお手伝いをすることですが、ギャラリーはそのための大切な道具です。
ギャラリー9.5は、ホテルが位置する九条と十条の間にあることから名付けられました。伝統ある京都のアートシーンにおいて、アートの文脈がない場所に一石を投じ、それが波紋のように拡がっていくことを目指し始まりました。当時、ギャラリー併設のホテルが国内では珍しく、我々の想いに共感し多くのアーティストやクリエイターが関わってくれました。彫刻家の名和晃平氏もその一人ですが、今ではホテルの象徴でもある作品に「公共空間の中では生々しすぎるのでは」と懸念の声があがったほどでした。動物の剥製を発泡ポリウレタンでコーティングし、エントランスに設置されている作品です。フロントと地続きのギャラリーでは、チェックインをしている真横で設営や制作が行われることもしばしば。フロントとしてひやりとする場面もありますが、以前、搬入に居合わせたお客様からは「美大生時代に戻ったようで新鮮でした」とアンケートを頂いたこともありました。宿泊者の目的=宿泊という固定概念ではなく、多様な人種や目的が交差するホテルだからこそ、予定調和ではない演出が生まれるのではないでしょうか。
ホテルでのキュレーションは独特ですが、私は自身の役割を表現者と伴走者として捉えています。この考えに至ったきっかけが2つあります。1つ目は、約12年程前、イタリア人のデザイナー、エンツォ・マーリ氏の来京をお手伝いした際の出来事です。伝統工芸の担い手へ向けて企画された会でしたが、その中で「脳は手の中にある」とものづくりに携わる職人への賛辞を送られました。手を動かすことで人は考えるようになるといった意だったと思いますが、それまでの考えを一変させた言葉でした。2つ目は、イギリスで絵画や版画を学んでいた学生時代、ビデオカメラを使った映像の実技演習での出来事です。私の学部では自身が所属するコースに限らず、様々な技法を学べる機会がありました。講師であり映像作家のヒュー・ワット氏は「画家が筆を使う代わりに、僕はカメラを使っているだけなんだよ」と教えてくれました。画家としての心意気に触れた気がしました。この2つの姿勢は、アーティストに併走するときの道標となり指針にもなっています。
昨2021年、現代における身体性をテーマに、音や香りなど五感を扱う展覧会「デジタル・オーガニック」展を企画し、4組の作家に出品していただきました。共同で出品していただいた江島和臣氏と武田真彦氏は、ターンテーブルの上に仏具で使用するおりんを設置し、同時に環境音を取り込みながら音を自動生成する装置を制作しています。展覧会では、古来よりある香時計に着想を得た作品《CONiCENCE》も出品していただきました。「香を聞く」という文化になぞらえた作品は、鑑賞者がインセンスを選び空間に漂う香りや情景をオノマトペ(擬音語)で現し、時間を記録するインタラクティブな作品でした。特に興味深かったことは、「優しい」「懐かしい」という感覚や「子供の頃におばあちゃんの家で嗅いだ匂い」というような鮮明な記憶が繋がっていたことでした。アート鑑賞を通して周囲の解像度が変わるという体験は、近年注目を集める「アート思考」へと繋がるでしょう。AIの計算式から導き出された答えではなく、本来人間が得意とする突飛な発想や思考力を取り戻すこと。それは、ホテルという空間をアートでもてなす私にとっての目的地であり、そこへ向かうための道具となり他者との媒介となる場所がギャラリー9.5なのです。
上田聖子(うえだ・まさこ)
1982年滋賀県生まれ。ホテル アンテルーム 京都・支配人/アートキュレーター
10代で見たアンディ・ウォーホルの展覧会に衝撃を受ける。後に渡英。グラスゴー美術大学でファインアートを学ぶ。現地ではアートに対する敷居の低さや、ホテルとアートが密接に関わっている状況を目の当たりにした。帰国後は、伝統工芸を海外へ発信する仕事に就き、当時の同僚がアンテルーム京都の開業に関わったことをきっかけに、UDSへ転職。2016年アンテルーム増床では企画を担当し、「GOOD DESIGN AWARD 2017」を受賞。GALLERY 9.5では、David Bowieの写真展やウルトラ・ファクトリーとの共同企画展など、数々の展覧会を担当。主な展覧会に「ANTEROOM TRANSMISSION vol.1 ~変容する社会の肖像」(2021年)「デジタル・オーガニック」展(2021年)。
https://www.uds-hotels.com/anteroom/kyoto/