(2022.01.05公開)
11年半在籍したネザーランド・ダンス・シアターというオランダのダンスカンパニーを辞めてパンデミックが始まるまでの5年間は、各国を転々と彷徨うノマド生活で、オランダのアパートには合わせて4週間もいない年もあった。
常にスーツケースをごろごろしての移動のため、重い荷物はどんどん少なくなっていき、スーツケースもボロボロになって新調した。
服も、スーツケースも、いつかは壊れる。
唯一、どんなことがあってもずっと私と一緒にいてくれるのは、からだ、だ。
数年前、元気だった父が癌になり、急に痩せ細った。
5センチの大きな腫瘍で、私は父は死ぬのだと思った。
一緒に広島の実家近所を散歩しながら弱った父の後ろ姿を見ていると、
この父のからだが無くなることがとても不思議で、この頃からからだについてよく思うようになった。
私は父に顔がそっくりで、よく昔から会う人会う人にそれを言われてきた。
父は徳島の農家育ちで、幼い時は川で蛙を取ったり、蛇を振り回したりしていたらしく、悪戯好きで、学生時代は運動神経が良く野球が好きだったらしい。
(そういえば私も小学校の頃、野球とサッカーを少ししていた。上手くなかったけど)
母と出会い結婚して女の子2人をもうけたが、母の強い希望で少し遅れて私が生まれた。
男の子が欲しかったらしく、『元気な女の子です』と言われた母は、『もう一度ちゃんと確かめて』と看護婦さんに言ったほどらしい。
母はどんな人にも愛情を注ぐ人で、大阪育ちの明るいおばちゃんだ。
そんな母は、毎日仏前に手を合わせて、先祖を想うことを教えてくれた。
その習慣は今も続いている。
16歳でモナコに単身バレエ留学をさせてくれた。
卒業後なかなかオーディションで受からず、留学期間が伸びても母は新聞配達などのパートをして支えてくれた。
やっと前述のダンスカンパニーに受かり、今はフリーランスのダンサー/振付家としてやってこられている。
故障が付き物の仕事だが、幸い大きな怪我はまだなく、整体師には『両親に感謝すべきからだだね』とよく言われる。
ただ、フリーになってからは、正直仕事が詰まっていて、移動の多い毎日のため、相当からだにも負荷がかかってきていたと思う。
そして2020年、パンデミックになり4月以降の年内の仕事が吹っ飛び、5年ぶりにオランダの家で約6ヶ月ゆっくり過ごした。
踊らなくても良いという時間を過ごし、からだはしっかり休むことができた、、というか、ダンサーらしからぬ生活をして、からだは相当驚いただろう。
ダンサーである為にするべき事、してはいけない事のような、頭の中に少なからずあった決め事を、パンデミックのお陰で手綱を離してしまい、好きな時に好きなものを食べ、寝たい時に寝て、起きたい時に起き、ダンスの事なんて全く考えない日々を過ごした。(なんて幸せな時間だっただろう。。!)
この時間があってから、自分はダンサーの前に、ただの自堕落な人なんだと実感した。
でも、そういう自堕落で幸せな時間でさえも、飽きは来る。。
私はいつの間にか、好きな音楽に合わせて踊り始めていた。
仕事の為以外で全く純粋に家で踊るなんて、幼い頃、菜箸にリボンテープをくくりつけて踊っていた時以来だろう。
からだは相当鈍っていると思っていたが、丁度以前から興味があったカウンターテクニックというダンスのメソッドにどハマりし、からだの動かし方を見直すことができ、おまけに指導の免許も取ることができた。
そんな中、世界がゆっくり動き始めた時に、運よくプラネタリウムの第一人者、大平貴之さんとコラボレートして新作『n o w h e r e』を東京で作る機会を頂いた。
プラネタリウムが映し出す、満点の星空ー。
私たちのからだと惑星はほぼ同じ元素で構成されているらしい。
私たちは死んで、からだはなくなっても、その元素はなくならない。
寿命を迎えた星が爆発を起こして元素を空間に撒き散らすように。
前に死んだ私は、前に死んだあなたと元素として空間を漂っていて、あらゆる人の元素と混じり合って、誰かのからだに取り込まれて、形を変えてまた生まれてくる。
この空間には、私になりきれなかった前の私や、あなたになりきれなかった前のあなたが今も一緒に漂っている。
大きな宇宙の永い流れのほんの短い間で、今はたまたま、この両親からからだをもらって、今のからだのあなたと会えている。
元素のままでは感じられなかった、五感を持ったからだで、さまざまな事を経験でき、喜怒哀楽の感情を持てている。
2021年、私はパリで新しいプロジェクトに参加することになった。
振付家ダミアン・ジャレさんと彫刻家名和晃平さんによる新作コラボレーション『Planet[wanderer]』。
planetの語源はギリシャ語でプラネテス=彷徨う者。
奇しくも、また星にまつわるダンス作品で、そのなかで私は「ガイア」と呼ばれる役割をもらった。
ギリシャ神話の女神で、何もないカオス(混沌)が広がっていた宇宙から生まれ、大地の象徴とされ、同時に天をも内包する世界そのものとされるガイア。
ガイア理論では、地球とそこに住む生物が相互に関係しあって、環境を作り上げていくというように、生物などを含めた地球全体をある種の巨大生命体とみなすらしい。
とすると私たちが今根絶しようとしているコロナウイルスも、父にできた5センチの癌もガイアの一部になる。
そうそう、父はというと大きな腫瘍であったにもかかわらず、転移はゼロ、手術で腫瘍を切り取って、抗がん剤も必要ないという、医者もびっくり、私たちも拍子抜けという嬉しいオチだった。
これを書いている今も、私と母と同じ炬燵に入って、彼は新聞を読んでいる。
それぞれ、からだが存在する短い時間を、こうして一緒に過ごしている。
私たちは、先祖から受け継いだDNAを盛り込んだからだで人生を彷徨って、
同時にガイアのからだの一部分として宇宙を彷徨って、いつかまた元素に還っていくー。
そんな事を思いながら、2022年を迎えます。
湯浅永麻(ゆあさ・えま)
ダンサー・振付家。バレエを広島の池本恵美子に師事、モナコ公国プリンセスグレースアカデミーを首席卒業後、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)に11年間所属。退団後、スウェーデン王立バレエのエック版『Juliet & Romeo』ジュリエット役、サシャ・ヴァルツ『Körper』等に客演。シディ・ラルビ・シェルカウイ率いるEASTMANにも所属。浦沢直樹×手塚治虫原作『プルートゥ』、市川海老蔵×黒木瞳×森山未來主演/マシュー・ダンスター演出の演劇『オイディプス』など、ダンス作品は勿論、演劇、オペラ等、数々の作品を世界各国にて踊る。
ジャンルの違うアーティストとのコラボレーションのプラットフォームXHIASMAプロジェクトを立ち上げ弦楽四重奏団Kronos Quartet、ピアニスト向井山朋子、能楽師安田登、建築家田根剛、デザイナー廣川玉枝、メディアアート脇田玲、音楽家world’s end girlfriendなどと数々の作品を発表。第13回、15回日本ダンスフォーラム賞を受賞。また劇作家の岡田利規とのコラボレーションや、ダミアン・ジャレ/名和晃平の新作に参加するなど国内外で多岐にわたって活動している。
2020年に上演した『n o w h e r e』の映像作品版がTHEATRE for ALL にて配信中です。
Dance New Air 2020->21「 n o w h e r e 」
湯浅永麻
https://theatreforall.net/movie/nowhere/#
2020年12月に東京のダンスフェスティバル、 Dance New Air 2020->21にて発表され、日本ダンスフォーラム賞を受賞した『n o w h e r e』を THEATRE for ALL 向けに、作家オリジナルの視点で視覚・聴覚・精神・発達などに障害のある人たちにも届くように作り変えられた映像作品。