アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#3

波紋の旅へ
― 澤入美紗

(2013.02.05公開)

澤入美紗さんは、1978年静岡県生まれ。県内の短期大学を卒業後、数々の仕事を経て、2008年京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコースに入学した。現在のおもな活動基盤はふたつ。生け花の技術をベースとしたウィンドウディスプレイの仕事と、空間の見せ方やそれを作る自分自身について思考するための『Ripple Trip』というプロジェクトである。Ripple Tripは、直訳すると「波紋の旅」。ふたつの活動を往来しながら、路上を何時間も歩き続けて人や空間にコミットしてゆく、彼女なりの「旅」とは一体どのようなものだろうか。

—ウィンドウディスプレイというものに出会ったのは、何がきっかけだったのですか。

そもそも芸術大学に入ろうという気持ちはなかったんです。大学卒業後は歯科衛生士として働いていたのですが、仕事の合間に、母親から生け花に通うことを勧められたんですね。当時、仕事で失敗が続いていたこともあって、心にゆとりができればという気持ちからでした。
生け花の師匠がとても柔軟な心を持っていた人だったのですが、わたしが初めて参加した華展で、歯科の器具を使用した作品を作らせてくれたんです。当時から、花そのものというよりも、かたちや空間の見せ方について興味があったんですね。それから自然とウィンドウディスプレイというものに強く惹かれるようになりました。

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『VIEN 血管』(2006年)

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『sunflower』(NYCooギャラリー公募展/2009年)

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『ご縁』(『フラワーデザインライフ』2012年12月号/撮影:野村正治)

—京都造形芸術大学通信教育部に入学後、空間について専門的に勉強されますね。しかし卒業制作では、一般的なウィンドウディスプレイの展示ではなく、少し変わったプロジェクトを作品化されています。『Ripple Trip』のことですが、簡単に言えば、まず旅に出てさまざまな風景に出会い、その空間にあるものを使って「遊ぶ」という取り組みです。このアイデアは、どのような経緯から始まったのでしょうか。

京都造形芸術大学に入ってからは、平日は静岡で仕事をし、土日は京都に通うというハードな日々が続いていました。そのときは冠婚葬祭の会場装飾を扱う会社で、ウェディングブーケを作る仕事をしていたのですが、業務中に起こったあるできごとが、今振り返れば『Ripple Trip』の初期衝動だったと思います。
職場では毎日、役目を終えた花が大量に廃棄されている光景を目にしていました。そこである日なぜか「ここでディスプレイを作ってみよう」と閃いたんです。軸足を作って、捨てられていた段ボールを巻き付けて、菊の花を飾って……全部、仕事中なのですが(笑)。
完成したのは、等身大の女の子の人形でした。試しに「お疲れさまです」と書いた札を持たせてみると、おじさんや従業員の方が自然と寄ってきて、わたしに声をかけてきてくれたんです。「この子はゴミから生まれたんだ。じゃあ名前は『エコちゃん』だね」って。
人形を作った後、わたしは仕事に戻ったんですが、ずっとおじさんたちの、エコちゃんについて話している声が聞こえてくるんです。それに感動しましてね。今までは、自分が作ったものは基本的に自分のもの、と捉えていたんですが、違った。わたしがいなくても、わたしが作ったエコちゃんを介してコミュニケーションは生まれるんだ、と気が付いたんです。卒業制作のときにも、エコちゃんのことを思い出しました。そうか、これを町のいろんなところでやってみよう、と。

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「エコちゃん」

 旅に出て、靴底をすり減らしながら、1日何時間もひとりで歩きましたね。卒業制作では、そのときに撮った写真を素材として用いました。ビビっときた風景のままを撮ったのが「Before」で、そこに登場するものの配置を並び替えたり、縦に積み上げてみたりして、空間を変化させたものが「After」。必ず2枚の写真を1対にして提示しています。このときはレンチキュラーを用いて、1枚のシートに2枚の写真をプリントし、見る角度によって「Before-After」が浮かび上がるようにしたものを、冷蔵庫の中に納めて展示しました。

(紙袋)

「7:00am」(『Ripple Trip』より)

宇宙旅行

 「宇宙旅行」(『Ripple Trip』より)[

—「Before」に写るのは、紙袋がぽんと路上に捨てられていたり、下駄箱にスリッパが収納されていたり。気にはなるけど、些細な風景ですね。しかし「After」では、もの自体の数は変わっていないのに、その風景の中で、たちまち生き生きとした表情を見せているように思います。生け花のようだし、それは「手を加える」というよりもっと滑らかな、息を吹きかけるような行為に近いのではないでしょうか。

語弊をおそれずに言うと、2枚の写真そのものが重要というわけではないんです。2枚の写真を並べたときにできる「あいだ」を、わたしはいちばん見てほしいと思っています。「Before」と「After」の作業の最中に起こる、人の流れ、町の空気、風の音、そういうものを感じていただけたらうれしいですね。
さらに言えば、「Before」の左側の余白、「After」の右側の余白、これもわたしにとって大切です。「Before」の左側の余白は、わたしが家を出て、日が暮れるまでひたすら歩く、長い模索をあらわします。今までの人生とか、今後の生き方とかをじっくりと考える時間ですね。それに対して「After」の右側の余白は、コミュニケーションを介してつながる何か、と言えるでしょうか。

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ウィンドウディスプレイ「寿司レストラン」素材:寿司桶、スクエアのお盆、ゴミ袋、紙ナプキン、粉わさび(菊の模様)

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ウィンドウディスプレイ「花屋」素材:ゴミ袋

おもちゃ屋

ウィンドウディスプレイ「おもちゃ屋」素材:店内の商品

—大学卒業後は一旦、デザイン会社に就職されますね。離職を経て、今後はニューヨークで活動することに目を向けられています。その決意は、現在の澤入さんの制作活動にどういう影響をもたらすものでしょうか。

今までさまざまな環境で働いてきた経験は、それぞれすごく役に立ってきましたから、年齢や立場にとらわれることなく、自分を見失わない生き方をしたいと思っています。ニューヨークは、これまでに2度行ったことがあり、すごく気に入った町なんです。2012年5月に再び訪れたときは、服屋やおもちゃ屋、寿司屋に「ディスプレイをさせてください!」と、飛び込みで仕事をもらいに行ったんですね。その行動でいっそう「窓」に対する思い入れが深まったし、何より生きているという実感が湧いてきたことを覚えています。
また滞在中、宿泊先の共同リビングで、ひとりの日本人女性と出会いました。太田花子さんという方です。彼女は「はなまるCreation」という劇団の主宰者なのですが、後日、わたしのウィンドウディスプレイをわざわざ見に来てくれて、気に入ってくださったんですね。それで、次の公演の舞台美術として参加してくれないか、と。こういうふうに旅先で出会った人と、また東京で一緒に活動できたことも自信につながりました。

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はなまるCreation『THE LIFE, THE LIVE』(2012年)

hanamaru舞台

—澤入さんにとっての、芸術とコミュニケーションのあり方について教えてください。また、これからどのような活動を考えておられるのでしょうか。

わたしにとって、いろいろな町の風景は水面のように映るんです。それは、日本にいても、ニューヨークにいても変わりません。自分が石ころになった気持ちで、水面に飛び込んでゆく。そうすると「波紋」ができて、そこにいる周りの人たちに何かが伝わるんです。
路上での作業中は、話しかけられるともちろんうれしいけれど、足を止めて、遠くからわたしの様子をじっと見ていたり、通りすがりにちらっと覗かれたりしている感じも面白いです。意図しない状況の中で、人と人との熱交換ができることが、わたしにとってコミュニケーションというもののひとつの理想の形です。
現在は、本格的にニューヨークで活動するための準備をしています。ニューヨークはわたしにとってエネルギッシュな町。これからも飛び込みでウィンドウディスプレイの仕事をしていきたいし、『Ripple Trip』もずっと続けたい。わたしにとってこれらの活動は表裏一体であり、互いに影響を与えられる、かけがえのない自分の生き方なんです。

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個展『ひんやり』(2012年/撮影:(株)クドウオリジナルフォト)

インタビュー、文 : 山脇益美
電話にて取材

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澤入美紗(さわいり・みさ)
1978年静岡県うまれ。県内の短期大学を卒業後、歯科衛生士として働く。生け花に出会ってから生花店、式場装飾の仕事に就き、マミフラワーデザインスクールの講師登録を経て、2008年京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコース入学。卒業後デザイン会社への就職ののち、現在、ニューヨークでの本格活動のための準備中。2012年8月初個展『ひんやり』、11月はなまるcreation『THE LIFE, THE LIVE』に舞台美術として参加。

山脇益美(やまわき・ますみ)
1989年京都府生まれ。2012年、京都造形芸術大学文芸表現学科クリエイティブ・ライティングコース卒業。おもな活動に、京都芸術センター発行『明倫art』ダンスレヴュー、京都国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT」WEB特集ページ、詩集制作など。