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#101

広く文化・芸術に光を当て、世代と分野を超えた交流の場をつくる
― 武邑清香

(2021.04.11公開)

現代アートから伝統芸能、研究者や職人にいたるまで、文化・芸術分野で優れた業績をあげたひとに贈られる“創造する伝統賞”。1993年から公益財団法人日本文化藝術財団が主催し、現在その運営の中心的な役割を担うのが武邑清香(たけむらさやか)さんだ。幅広い分野を一手に評価し表彰する賞の意義とは。また“創造する伝統”にはどんな意味が込められているのだろうか。2013年に現職に就いて以来、この賞をさらに価値あるものにするために活動してきた武邑さんにうかがった。

多くの文化芸術関係者が集まる「創造する伝統賞」「日本文化藝術奨学生」授与式典(明治記念館)

多くの文化芸術関係者が集まる「創造する伝統賞」「日本文化藝術奨学生」授与式典(明治記念館)

———武邑さんが運営に携わる、公益財団法人日本文化藝術財団(https://jp-artsfdn.org/)の事業について教えてください。

最も大きな柱として“創造する伝統賞”の主催、そして芸術系の大学生や院生に対して奨学金を給付する事業を行っています。
“創造する伝統賞”は、芸術に関わるいわゆるプロへの賞ですが、奨学金はそのプロを育成するためのものです。奨学金には2種類あって、学部生が対象の加藤定奨学金は、経済的な困窮度を加味して、学生が大学で学習を続けられるようにするためのものです。日本文化藝術奨学生は大学院生を対象としていて、経済的な困窮度は関係なく、そのひとの将来性や作品、研究の成果などで選定しています。

———“創造する伝統賞”は、他の文化・芸術の賞と比較してどのような特徴がありますか。

当財団の“創造する伝統賞”の大きな特徴は、ひとつの賞で幅広いジャンルを扱っていることです。文化・芸術に関する賞の多くは、美術や音楽、伝統芸能など、分野が大きくわかれていて、さらにその中でも細かなジャンルごとに賞を出すことも珍しくありません。“創造する伝統賞”のように、さまざまな分野がひとつになっているものは、ほとんどないと思います。
当財団のウェブサイトで過去の授賞者(https://jp-artsfdn.org/award/#column04)をみていただければ、ほんとうにいろんな活動をしている方が受賞しているのがわかりますよ。今回の授賞者も、2名いるうちのおひとりは三味線演奏家の本條秀慈郎さん、そしてもうひとりが美術工芸品コレクターで清水三年坂美術館館長の村田理如さんですから、まったく違う分野のお二人ですよね。

https://www.youtube.com/watch?v=i4CUtzD-gCw
“創造する伝統賞”授賞者の活動紹介動画。本條秀慈郎さん

https://www.youtube.com/watch?v=SU3_1rGXb2A
“創造する伝統賞”授賞者の活動紹介動画。村田理如さん

———幅広い分野から授賞者を決めるためにも、基準になるものがあると思いますが、それが賞の名前でもある“創造する伝統”ということですか。

そうなんです。この“創造する伝統”ということばは、当財団の設立時のメンバーだった芳賀徹先生のことばなんですね。意味としては、財団のウェブサイトに掲載している芳賀先生の説明に尽きると思います。とくに「甕を満たした水がやがて静かに溢れはじめるように、保持された伝統から少しづつ溢れ出てゆくものがある」という部分が、ことばの意味をよく表しています。
一度読むだけで理解するのは難しいかもしれませんが、あえてわたしの解釈はお伝えしないほうがいいと思います。ここで意味を規定してしまうと、誤解されるおそれがありますし、賞に申請するにあたって“解釈する”というプロセスも大事だからです。
わたしたちもどうしたらこの賞の意味を正しく伝えられるか試行錯誤をしていて、ウェブサイトで “創造する伝統をひもとく”というインタビューコラムを掲載しています。賞に申請される方は、ぜひそのインタビューコラムを読んでから応募していただければと思います。

———過去の授賞者を拝見するとあまり一般的ではない分野の方が受賞されていますね。

当財団の設立者、德山詳直は“光の当たらない分野のひとにスポットを当てたい”という思いを持っていました。ですから“創造する伝統賞”は、普段、あまり光が当たらない分野や、そこで活動するひとを応援するという理念もあるんですね。
例えば、今回授賞した村田さんは、世界に散らばってしまった日本の宝ともいえる作品を、再び集め、世の中に紹介してきたコレクターです。今回の授賞によって、“作品を収集するコレクターが活動を続けると、こんなふうに評価されることがある”と示すことができて、コレクターというある意味芸術を支えるひとたちを後押しすることができたと思います。

授賞者・奨学生の活動を紹介する展示(2018年度授与式典 於:明治記念館)

授賞者・奨学生の活動を紹介する展示(2018年度授与式典 於:明治記念館)

———武邑さんのこれまでについてお聞きします。芸術の世界に足を踏み入れたきっかけを教えてください。

歌舞伎の衣裳に興味を持ったことが、この世界に入るきっかけになりました。わたしは京都の左京区出身で、高校生のとき南座で歌舞伎を鑑賞する授業があったんです。それで一気に歌舞伎が好きになりました。その理由を考えると、視覚的にとても華やかなところ、特に衣裳に惹かれたということに気がついて、衣裳をつくるひとになりたいと思いました。
でもその衣裳をつくるための専門学校は東京にしかなくて、親に反対されてしまって(笑)。それでも幸い京都には大学が多く、調べてみると歌舞伎の授業が受けられる大学がみつかりました。それが京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)でした。
その授業は先代の市川猿之助さん一門が歌舞伎を指導してくれて衣裳も着られるという、わたしにとって本当に魅力的なものでした。一週間の集中授業で、朝から晩までみっちり稽古をつけてもらって、最終日に実際に衣装を着て化粧もして、舞台で発表したんですね。それがとても楽しくて、日本舞踊と三味線のサークルに入って、それこそ4年間踊り狂いました(笑)。

———すきなことにどっぷりとハマった学生生活だったんですね。

ほんとうにそうだと思います。すぐに踊りの稽古ができるように、浴衣でバイクに乗って通学していたほどでした。4年生のときには、大学に歌舞伎が上演できる本格的な劇場“春秋座”ができることになって、工事のときから見学に行くようになりました。芸術監督を務める猿之助さんが下見をされると聞くと、無理をお願いしてヘルメットをかぶって同行させてもらったりもしましたね。
春秋座が完成すると、杮落し公演から学生スタッフとして関って、歌舞伎に限らずいろんな舞台の裏側をみることができました。
そうすると役者さんをはじめ、大道具や衣装さんといった舞台に関わるすべてのメンバーがどう動いているのかよくわかるんです。それが楽しくて、特に用事がなくてもわざわざみに行っていましたね。

———舞台の裏側をみて、どんな発見がありましたか。

自分ではチケットを買ってみに行かないようなジャンルも、裏からみるといろんな発見があって面白かったですね。例えばコンテンポラリーダンスなどのカンパニーは、舞台の準備から撤収まで、ひとの動きが計算しつくされているように無駄がないんです。演者も裏方も関係なく、みんなでつくり上げていく感じがしました。最小限の経費と人数で各地の劇場を経験しているからこそ、裏側の動きも洗練されているんだと思います。
それに対して古典芸能は、役者は役者、裏方は裏方と役割がきっちりわかれているんですね。商業ベースに乗っている歌舞伎などは、人数も多少余裕があって、とても段取りよく公演が行われます。でも比較的小さな日本舞踊や三味線などの自主公演では、勝手が違うんですね。古典芸能にはコンテンポラリーの劇団が持ってない、良さがあったりします。ほとんどすべてがその日限りで集まったスタッフで、加えて何度も同じ公演をするわけでもないから、次がない。その中でいかに各ポジションがプロの仕事をするか、主催者はいかに動いてもらうか、そういうことが長い時を経て慣習として存在しているんです。
そうしたいろんな舞台の裏側をみていると、それぞれのいいところを活かすことができれば、さらにいいものが生まれると思うようになりました。

———その思いは、現在のお仕事に活かしているのでしょうか。

当財団のことでいえば、“創造する伝統賞”の授与式典を、異分野交流の場にする取り組みをはじめました。先ほどお話ししたように、この賞の授賞者はさまざまな分野から選ばれます。そして授与式典には、各分野の関係者が合計で200人ほどお越しになるんですね。そこで出会ったひとたち同士で化学変化が起きて、新しいものが生まれるような、参加した誰もが何かを得られる場にしたいと思いました。
例えば、現代アートと古典芸能の分野のひとが、そこで出会い盛り上がって「じゃあ一緒に何かやってみましょうか」と、異分野同士でコラボレーションした何かが生まれる。そういう発展がある場になればいいですよね。それに授与式典には、日本文化藝術奨学生も参加します。いわば大学院で頭角をあらわしてきた次の世代の担い手たちです。そこから次のステップにすすむときの足場になるような出会いが生まれる可能性もあります。現代アートの作家が授賞者だとしたら、式典にはその作家が招待したギャラリストや美術館の学芸員、評論家、記者といった、同じ業界のひとたちが参加します。そうしたひとたちと、次世代の奨学生たちは交流することができます。そこで次のステップに上がるきっかけをつかんでほしいんですね。
実力のある若手とつながれば、ベテランのひとたちも刺激を受けられますよね。そしてそれぞれが、何かしら持って帰ることができる式典にしたいんです。ですから授与式典は特に力を入れて取り組んでいます。

打合せではまだまだ距離感がある。授賞者、奨学生の緊張をほぐしながら、式典の流れを説明する。(2018年度授与式典 於:明治記念館)

打合せではまだまだ距離感がある。授賞者、奨学生の緊張をほぐしながら、式典の流れを説明する(2018年度授与式典 於:明治記念館)

式典後のレセプションでは授賞者・奨学生を中心に交流がうまれる。(2018年度授与式典 於:明治記念館)

式典後のレセプションでは授賞者・奨学生を中心に交流がうまれる(2018年度授与式典 於:明治記念館)

———式典では具体的にどのようなことを行っているのでしょうか。

式典では授賞者や奨学生自身に、作品の画像をスクリーンに映しながら、これまでの経歴や作品にまつわることなどをプレゼンテーションしてもらいます。実際に作品も展示します。授賞者や奨学生がこれまでどんな活動をして、何を生み出してきたひとなのか、式典の参加者全員に共有してもらうんですね。
そのうえで参加者が交流できるレセプションを設け、さまざまなバックグラウンドを持ったひと同士が、授賞者や奨学生の話題を通じてコミュニケーションできる場にしています。

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作家も事務局も総出の設営。古い茶室に作品がはまった瞬間に空気がかわる。ホワイトキューブとは違い、作品と空間の相性をみながら何度も場所を変えることもある。(2018年『中今茶会』於:明治神宮隔雲亭)

作家も事務局も総出の設営。古い茶室に作品がはまった瞬間に空気がかわる。ホワイトキューブとは違い、作品と空間の相性をみながら何度も場所を変えることもある(2018年『中今茶会』於:明治神宮隔雲亭)

小川流煎茶の茶席。床の間には授賞者の作品が室礼として取り入れられる。事前に小川流の先生と相談し、作品の印象によってお点前も変えてもらう。小川流煎茶のファンと、イチハラさん、風間さんの現代アートファンが出会う場でもある。(2018年『中今茶会』於:明治神宮隔雲亭)

小川流煎茶の茶席。床の間には授賞者の作品が室礼として取り入れられる。事前に小川流の先生と相談し、作品の印象によってお点前も変えてもらう。小川流煎茶のファンと、イチハラさん、風間さんの現代アートファンが出会う場でもある(2018年『中今茶会』於:明治神宮隔雲亭)

———授与式典の他にも、交流の場となるイベントは行っているのでしょうか。

年に何度か、イベントを行うようになりました。これは前年度の授賞者の成果報告と、参加者同士が交流する場を兼ねています。例えば、明治神宮で開催していた『中今茶会』は、ただ作品の展示会をするのではなく、授賞者の作品を茶室にしつらえて、お茶と一緒に鑑賞してもらうという趣向です。
硯作家の名倉さんの会には、同時に授賞した現代アート作家、篠田太郎さんの作品も展示しました。その前の年は過去の授賞者のイチハラヒロコさんと風間サチコさんの作品を展示するなど、“美術館でこれはみられない”という組み合わせで茶室をしつらえました。

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ワークショップは過去の奨学生で現代アーティストの野原邦彦さんを講師に迎えた。野原さんのカラフルな木彫作品が生まれる過程を、万華鏡の制作で追体験する試み。(2018年『CAC』於:外苑キャンパス)

ワークショップは過去の奨学生で現代アーティストの野原邦彦さんを講師に迎えた。野原さんのカラフルな木彫作品が生まれる過程を、万華鏡の制作で追体験する試み(2018年『CAC』於:外苑キャンパス)

第8回授賞者の青木芳昭さんの日本の風土と画材をテーマにした講演(2018年『CAC』於:外苑キャンパス)

第8回授賞者の青木芳昭さんの日本の風土と画材をテーマにした講演(2018年『CAC』於:外苑キャンパス)

青木さんのコーディネートで、日本の画材メーカー10社の協力を得て、新旧の画材を実際に試すことができる交流会を開催。プロの美術家も多数参加し、画材の開発者、使用者、鑑賞者がそれぞれの立場で交流を楽しんだ(2018年『CAC』於:外苑キャンパス)

青木さんのコーディネートで、日本の画材メーカー10社の協力を得て、新旧の画材を実際に試すことができる交流会を開催。プロの美術家も多数参加し、画材の開発者、使用者、鑑賞者がそれぞれの立場で交流を楽しんだ(2018年『CAC』於:外苑キャンパス)

ほかにも『Cross the Arts and Culture』(CAC)と題した、ワークショップやセミナーも、開催しています。例えばワークショップは日本画で、セミナーは工芸、そのあとで三味線をきくという、違うジャンルのものを1日かけて体験する催しです。講師も含めて20人ほどの小規模で開催するので、参加者の距離が近く、活発な交流が生まれています。2019年には第9回の授賞者の若獅子会というお囃子のグループによる、観客が200人規模のコンサートをひらきました。授賞者の活動形態によってイベントの規模も変わりますが、やはり交流を意識して企画します。その時のプログラムで使用した紙芝居を、過去の奨学生で美術家の松井えり菜さんが描いてくれて、会場では原画を展示しました。若獅子会と松井さんは、その後も交流があるようで、コロナ禍で東京都が実施した「アートにエールを!」では新作紙芝居『浦島太郎』を発表していましたhttps://youtu.be/6zdaPZM3-D0)。
こういう交流の機会がつくれたのは、ほんとうに嬉しいですね。

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若獅子会が伝統的な邦楽囃子と創作曲の演奏に加え、松井さん作画の紙芝居「桃太郎」に音楽をつけて上演した(2019年『CAC』於:明治神宮参集殿)

若獅子会が伝統的な邦楽囃子と創作曲の演奏に加え、松井さん作画の紙芝居「桃太郎」に音楽をつけて上演した(2019年『CAC』於:明治神宮参集殿)

コンサートの前には過去の授賞者で日本音楽研究をされている茂手木潔子さんに楽器を提供してもらい、和楽器のワークショップもおこなった(2019年『CAC』於:明治神宮参集殿)

コンサートの前には過去の授賞者で日本音楽研究をされている茂手木潔子さんに楽器を提供してもらい、和楽器のワークショップもおこなった(2019年『CAC』於:明治神宮参集殿)

———2020年度はコロナ禍によって、多くのイベントが中止となりました。日本文化藝術財団ではどのような影響がありましたか。

本年度は授与式典をはじめ、すべてのイベントが開催できませんでした。今年度の授賞者の本條さんと村田さんには、活動を紹介する動画をつくっていただいて、それをウェブサイトで公開しました。やはり式典で実際にプレゼンテーションしていただくのが最善だと思いますし、何より異分野同士の交流ができないのが残念ですね。
実はこれまで、わたしが力を入れてきた異分野の交流という取り組みは、ようやく認知されはじめ、成果が出てきているように思います。三味線奏者の本條さんは、美術の分野のひとたちと式典で会えるのが楽しみだったとおっしゃっていました。今年度の奨学生で申請書類に“この奨学金をとれば、同じ世代のアーティストと交流を持てる”というようなことを書いているひともいました。
異分野や世代間で交流ができることが、“創造する伝統賞”や“日本文化藝術奨学生”に選ばれる利点のひとつだと、徐々に伝わり、やっとかたちになってきたと感じます。
コロナ禍でこれまでのような式典やイベントは、開催するのが難しくなりました。それでも今後は開催方法を工夫して、文化・芸術に携わるひとが分野を越えて交流し、新しいものが生まれる場をつくっていきたいですね。

取材・文 大迫知信
2021.02.08 オンライン通話にてインタビュー

portrait

武邑清香(たけむら・さやか)

京都市出身。高校生のときに南座で鑑賞した歌舞伎の衣装に魅せられ、1998年に歌舞伎役者が指導する授業が受けられる京都造形芸術大学芸術学部芸術学科芸術学コースに入学。在学中に京都芸術劇場春秋座の杮落し公演に学生スタッフとして関わる。2002年卒業後、同大学内の劇場企画運営室で2年半勤務。10年より外苑キャンパスでの勤務を経て、13年より現職。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。自身の祖母の手料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中。祖母とともに京都新聞に掲載。NHK「サラメシ」やTBS「新・情報7DAYS ニュースキャスター」読売テレビ「かんさい情報ネットten.」など、テレビにも取り上げられる。また「Walker plus」にて連載中。京都芸術大学非常勤講師。
おばあめし:https://obaameshi.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/obaameshi/