(2019.03.05公開)
黒田かおりさんは、絵を描き、そのかたわら美術教員としての仕事もしている。「カエル」を中心に、ものがたりが聞こえるかのような黒田さんの作品。活動は国内のみならず、海を越え北欧で展示をされたこともあるそうだ。日本では5年ぶりとなる個展に向け制作をしているさなか、話をうかがった。
———まずは、絵を描こうと思ったきっかけを教えてください。
アートやものづくりに興味があって、暇さえあれば絵を描いているような子どもだったんです。高校生のとき進学をどうするかを考えたときは、ファッションが自分の好きなものづくりに近いかなと思って、実は服飾の大学に入ったんですね。ふつうの大学生として過ごして、卒業後はプレタポルテの会社に入って販売員をしていました。だけど、入社して3日目ぐらいに「わたしは売るひとじゃなくてつくるひとになりたい」と思って。できたら服飾やデザインといった商業的なものじゃなくて、1点ものがつくりたい。やっぱり自分は絵を描きたいのかもしれないって唐突に閃いてしまいました。
そのとき高校時にちらりと考えていた芸大のことが頭のなかでパッとつながって、芸大に行こうと思いました。ただ仕事をすぐに辞めるわけにもいかないので、そこで働きながら美術研究所に通ってデッサンや立体を学ぶようになりました。それから京都芸術短期大学(京都造形芸術大学の前身)の洋画コースに入学しました。
———黒田さんの作品といえば「カエル」の絵を思い浮かべるのですが、この動物をモチーフにしようと思われたきっかけはなんでしょうか?
芸術短大の2回生の後半ぐらいから、平面の場合はカエルを主のモチーフに描き続けていますね。「カエル」と一言で言ってもフォルムがいろいろで、種類も幅広くいるんですけど、そのひとつひとつにキャラクター性が感じられるのが面白くて。動きが鈍重なものがいれば、軽快に動くものもいる。すごくあけっぴろげだったり、あっけらかんとしていたりする感じもあるんですけど、じっと目を見てみるとものを見透かしているような表情をしているというギャップにも、惹かれるものがあります。鳥獣戯画で擬人化されていたり、神話に出てきたりするのは、後々調べていくとアジアではかえるは神のお使いのような存在で、神様とひとをつなぐメディウムのような役割を持っているからだそうなんです。カエル自体両生類なので、水と陸を行き来するように、あっちの世界やこっちの世界を間に入って媒介するような役割とか、その柔軟さが面白いなと思って描いていますね。それに、四つ足でも二つ足で立っていてもあんまり違和感がないんです。シリアスなテーマもユーモラスに描ける心地よい違和感を醸しだす不思議な動物だなって思いますね。カエルを介して人間を表現したいと考えているので、人間の毒々しいところもカエルのフォルムで柔らかく、優しく伝えられるのもいいなと思っています。
———近年ではフィンランドに2度、アーティスト・イン・レジデンスとして滞在されていますね。その土地を選ばれたのはなぜですか?
卒業後は美術教員の仕事をしながら、個展やグループ展など、制作を中心に過ごしていました。もともと北欧には興味があったんですけど、知り合いから「フィンランド人は日本人と似ている部分もあってすごく優しいし、デザイン的にも興味深いものがあっていいよ」と聞いていたこともあって。滞在するなら、おだやかでアーティスティックなものに触れられるところがいいなと思っていたところだったし、何度か旅行で訪れるたびに、自然を敬い調和しながら豊かな生活の営むこの国を題材に制作ができたらいいなと思って、レジデンスに2回参加しました。
住んでみると想像以上にひとが優しくて。シャイで自分から話しかけてくることはなかなかないですけど、仲良くなるととても親切なんです。自分が教職に関わっていることもあって、北欧の教育システムやひとはゆっくりと育つという教育観とかもいいなと思うところがたくさんありました。
———制作や、アートに対する目線になにか変化はありましたか?
大学に通っていたときも制作に集中できてはいたんですけど、それ以上というか。初めて仕事もすべて手放して制作だけに没頭できる時間をもらえました。自分がどういうことやものに惹かれるのかなど、冷静に振り返られる時間も持てたし、海外のアーティストや現地のアーティストともたくさん交流しました。当時は珍しかったバイオテクノロジーとアートを組み合わせた表現をするひととか、インスタレーションアートや、パフォーミングアート、エコロジカルアートにも触れられることができて、アートの幅も広がりました。絵画以外のジャンルのアーティストの話とか、フィンランドの風土や習慣について話せたことも、自分の人生観や視点を広げてもらえたなと思いますね。
北欧のアートってコテコテしている部分もあるんだけど、余分なことを削ぎ落としている部分もあるんです。わたしのつくる作品も、結構シンプルにはなったような気がしますね。あまり説明的にならなくても自分のやりたいこと、見せたいことは伝わるんだなと思うようになりました。
———海外での制作などさまざまな経験を経て、カエルに何か変化はありましたか?
フィンランドから帰ってきてから間が空いていて、去年からまた制作を始めた感じなんです。たまたま日本・デンマーク国交150周年事業でふたりのデンマーク人アーティストと授業をすることがあったんですね。デンマークにスヴェンボー市っていうところがあるんですけど、彼らはそこにギャラリー兼アトリエを持って制作をしていて。日本での交流がきっかけで、彼らのギャラリーで去年展覧会をさせてもらったんです。そのとき、カエルを介して日本とスヴェンボー、デンマークとのコネクトができたらいいなと思って、日本を題材にしたものと、デンマークに行って得たモチーフを入れながら制作をしました。今までは油彩画が多かったんですけど、水彩とか、和紙のような日本らしい素材を増やしてみたりもしました。
———『金太郎』の格好をしたカエルが、デンマークの国旗を掲げた船に載っているようすが描かれた作品ですね。
向こうのアトリエに行ってから描いて、展覧会に出した作品です。スヴェンボーのすぐ近くに、アンデルセンが生まれたオーデンセというまちがあるんですね。童話や神話にもすごく興味があるので、アンデルセンの生家やミュージアムを訪ねてものがたりの背景を知ったり、ものがたりを読んだりしました。スヴェンボーは古くからのバイキングのまちでもあって、さまざまなひとやものが往き来きする歴史もいいなと思って。そういったモチーフをつめこんで、旅するカエルを介してデンマークを表現した作品になりました。
———リサーチや制作はどのようにされましたか?
デンマークには10日間滞在し、前半は取材と制作をして、後半4日間ぐらいは展覧会ってかたちにしました。スヴェンボーは、小さなまちですが、クルージングのハーバーとコテージがたくさんある避暑地エリアでもあるので、港まちらしくひとの出入りもたくさんあります。ギャラリーのひとたちは日本への関心も高く、そのほかにもアーティストや、商店街のコミュニティのなかにも日本と通じているひとがいたりもして。ちょうど市民が中心になって、スヴェンボーと日本の交流を本格的にしようと考えていたさなかで、ギャラリーのオーナーもそこに関わっていたんです。日本からアーティストが来て、スヴェンボーで展覧会をするプロモーション用のビデオをつくりたいから出てくれないかってことになってしまって。そこでもスヴェンボーがどんな場所なのかいろいろな名所を見せてもらって、まちにも制作にもいい感じに溶け込めたかなと思います。
2014年に、京都造形芸術大学の通信教育部に再入学したんですけど、そのときは芸術教養学科で、まちづくりとアートについて勉強したんですね。もし、そこに入って勉強する前だったら、ギャラリーのプロモーションビデオに出てって言われても断っていたと思うんですけど、少しでも日本とデンマークがアートを通じて交流ができるならいいと思って。フィンランドでのレジデンスで、地元のアーティストと交流することもすごくよかったですし、そのベースがあったからこそデンマークに行きました。さらに大学で地域とアートに着目することを学んだからこそ、自分から知りたいと思えることもたくさんありました。おかげで地域の方とも交流ができたし、アートを介してつながりもできました。改めて、地域に根差したアートは、有意義だなと感じましたね。
———展覧会での現地の人びとの反応はどうでしたか?
びっくりするほどみんな暖かくて。日本だと、陶芸などの工芸品といったものは、一般のひとでも身近で手にとって見ることに躊躇がないと思うんですけど、絵となると活動の幅がすごく狭いと思うんですね。ギャラリーや美術館に行かなきゃ目にすることがない、生活の一部になりづらい分野かなって思うんですけど、デンマークのひとはそこの垣根が低くて。お母さんが子ども連れで見に来てくれたり、おじいちゃんおばあちゃんがふらっと立ち寄ってくれたり、いろんなひとがギャラリーに出入りするのがすごくいいなと思いました。絵って日常使いするとか、身に付けるとか、そういう用途がないのである意味観るしか価値がないじゃないですか。デンマークではそこに価値を見出して、それが豊かさだって思っているひとがすごく多いと感じましたね。アーティストやアート関係者でなくても興味を持って話を聞いてくれるし、「この絵について話を聞かせてほしい」と、しょっちゅう声をかけてもらいました。
———3月19日からギャラリー マロニエ(京都)で個展をされるそうですが、そのテーマを教えてください。
「つなげる」とか「メディウム」っていうのが今回のサブタイトルとして頭のなかにあります。今回の作品は、雲とかえるを組み合わせています。
———日本では5年ぶりの個展だそうですが、また新しい表現が見せられそうですね。
芸術教養学科に入ってから、文字を書くことに集中していたこともあって「絵を描かなくてもいいかな」ってうっすら思いかけていたときもあったんです。そのときたまたまデンマークのふたりに会って、やっぱりもう一回描きたいと思えたのが、日本で個展をしようと思ったきっかけでした。だから今回の展覧会がすごく起点になるというか、分岐点になるんじゃないかなって感じている部分があるので、頑張って制作に活かしていけたらと思います。
取材・文 浪花朱音
2019.01.27 オンライン通話にてインタビュー
黒田かおり(くろだ・かおり)
1975年滋賀県生まれ。服飾系大学を卒業後、アパレル企業に就職。1998年京都芸術短期大学洋画コースに入学。卒業後は、教育機関で働きながらオブジェや絵画の制作に取り組む。近年は海外にて作品展も開催。http://www.eonet.ne.jp/~pipa-kero/index.html
個展
2018 Galleri No 44(デンマーク スヴェンボー)
2013 coffee attå(滋賀 近江八幡)
2013 Kahvila Savy (フィンランド ヘルシンキ)
2012 ギャラリーとわーる (福岡)
2013 ギャラリーマロニエ (京都)
他 個展、グループ展多数
アーティストインレジデンス
2013 Elaintarhan huvila(フィンランド ヘルシンキカルチャーセンター)
2014 HIAP cable factory studios (フィンランド ヘルシンキカルチャー)
装丁
篠原学、大辻都著(2017)『アートとしての論述入門』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎
CDジャケットデザイン
coffee attå 10th anniversary ear:su nose:ru
●Information
「黒田かおり展」
日時/2019年3月19日(火)~3月24日(日)
場所/ギャラリーマロニエ
住所/京都市中京区河原町通四条上る塩屋町332
時間/12:00~19:00(日曜日~18:00)
http://www.gallery-maronie.com/
浪花朱音(なにわ・あかね)
1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて、書籍の編集・執筆に携わる。退職後はフリーランスとして仕事をする傍ら、京都岡崎 蔦屋書店にてブックコンシェルジュも担当。現在はポーランドに住居を移し、ライティングを中心に活動中。