アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#92

尾道の「風」になる、ひととまちを元気にするカフェ
― 町田明彦

(2020.07.12公開)

町田明彦さんは、広島県にある海沿いのまち・尾道で、「ごはんと珈琲 アルト/alt」(以下、アルト)というお店を営んでいる。海と山に囲まれたこのまちの、「山側」にお店はある。
民家を改装し、1階を食事のとれるカフェスペースとして、2階は「昼寝のできる」休憩スペースとして、ひろく開放している。空間の心地よさはもちろん、親しいひとに振る舞う食事のような、家庭的な料理も人気の理由だ。アルトには、町田さんのどんな経験や、思いが詰め込まれているのだろうか。

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———町田さんはもともと、京都造形芸術大学の空間演出デザイン学科を卒業。その後は直島のフレンチレストランにて、7年間ウェイターを務められました。そこから自身の「お店をひらこう」と思われたいきさつについて教えてください。

フレンチレストランでサービスをしているときに、料理単体だけじゃなくて、まわりの音楽、照明の明るさ、スタッフ、温度や湿度、お店に行くまでの状況とか、いろんなことが「おいしい」につながると思ったんです。ほかのお店を見てても、全部がバランスよく整っているところが少ないなっていう印象を受けて。例えばシックな感じの店なのに、音楽がダンスミュージックのような、種類が合ってないと思う店も結構ありました。全部が堅いものであればいいってことじゃなくて、統一性がちゃんと取れているかどうかは大事だなって思ったんです。
そこで僕が大学で学んでいた空間演出を生かしてお店をつくったら、いいものができるんじゃないかと思いました。全部が叶うなって。

———この空間にはこんなしつらえが似合う、こんな音楽が合うと組み合わせていくには、センスだけでなく知識も必要になりますね。

大学では広く浅くやっていたので、特別なにか技術を持っているわけじゃないんです。同級生たちが、デザインが得意なひと、木工の得意なひととわかれていくなかで、僕はこれといって武器を持っていないと思っていて。それを裏返して、いいように捉えた。自分は全体のバランスをとったりとか、ちょっとずつ要素をかいつまんだりすることはできるんだなって。ないなりに探した武器を、(お店をすることで)手厚くできると考えました。

(cap)店内には、大きなテーブルが1つと2名掛けのテーブルが2つ。机のサイズは、心地よいと思ってもらえる大きさになるよう、町田さんが設計した。本や雑貨、植物など、インテリアの組み合わせの妙も楽しい

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店内には、大きなテーブルが1つと2名掛けのテーブルが2つ。机のサイズは、心地よいと思ってもらえる大きさになるよう、町田さんが設計した。本や雑貨、植物など、インテリアの組み合わせの妙も楽しい

店内には、大きなテーブルが1つと2名掛けのテーブルが2つ。机のサイズは、心地よいと思ってもらえる大きさになるよう、町田さんが設計した。本や雑貨、植物など、インテリアの組み合わせの妙も楽しい

———そこからお店をする場所を考え、尾道に行き着きついたということですね。ここを選ぶにはどんな理由があったのでしょうか。

さっき話したことと合わせて、お店をひらくきっかけとして「ひとを元気にしたい」って思いもありました。僕は、大学で学んでいたことを説明するとき、「ひとをしあわせにする方法を学んでいました」って言っているんです。疲れた顔をしたひとを元気にさせたい、ひとにしあわせな気持ちになってほしいっていうコンセプトの店で場所選びをしたときに、都市部からは離れていたいなと思ったんです。なんで地方がいいかっていうと、電車で1時間とか、車で15分とかっていう時間と距離の主観もお店に含まれていると思って。料理に関しても、尾道は周辺で野菜をたくさんつくっているので、その時期のおいしい野菜がいっぱい手に入りやすい。
あとは直島を選んだときもそうなんですけど、自分が暮らしていくためのまちっていうのも大事で。尾道には「紙片(しへん)」さんという本と音楽のお店があるんですけど、すごく好きで、ここがあれば僕は過ごせるなと思った。あとは海と山が近いことや、夜が静かで暗いこと。当たり前のようなことなんですが、僕にとって重要なんです。
お客さんを「元気にしたい」という思いから、お店のロゴに「十字マーク」を入れてるんですね。これは病院や教会のマークでもあるんですが、アルトではごはんを食べて元気になってもらう場所としてつけたんです。
その先は後でつけた話ですが、尾道は「瀬戸の十字路」って呼ばれてるんですよ。横には2号線が走っていて、縦の線の島根・鳥取からくるやまなみ街道と、しまなみ海道の十字路にあるのが尾道なんです。なので、十字マークを掲げてその場所でやろうと。

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もともと親しいひとを招いて、料理をふるまうことが好きだったという町田さん。お店はその延長線上にある

もともと親しいひとを招いて、料理をふるまうことが好きだったという町田さん。お店はその延長線上にある

———お店があるのは、尾道のなかでも「山側」。商店街など賑わいのある「海側」とはすこし異なり、民家の多い地域になるそうですね。

ちょっと喧騒から離れたかったので。それに僕が魅力に感じるのは、細い路地が入り組んでいる、山側の風景。尾道に限らずですが、空き家が増えていっている状況があって、ひとが通らない場所って気が澱むんです。だからまたひとが寄り付かなくなる、っていう悪循環になってしまうんですね。お店を山側に開くことで、今までひとが通らなかった道に往来が増えたらいいなって。もっと、まちにもひとがくる循環にならないかなと思ったんです。
僕は(周辺の空気は)よくなっている気がしますね。この近くにはお寺もあるし、小学校もあって。お店にいると、線香の香りがしてきたり、鐘の音や、子どもの歌声が聞こえてきたり、夕飯の匂いがしたり。いい場所だなって思いました。

(cap)尾道の山あいにある、古民家を改装。古い家の魅力を存分に生かしつつも、自宅のようなプライベート感は出さないようにしているという。ここには住まず、自転車で通える距離に家を借りているといった徹底ぶり

尾道の山あいにある、古民家を改装。古い家の魅力を存分に生かしつつも、自宅のようなプライベート感は出さないようにしているという。ここには住まず、自転車で通える距離に家を借りているといった徹底ぶり

———その空間にいるだけでも、どこか癒されそうです。

僕から言わなくても、ここのコンセプトがお客さんに伝わることがあるんです。
実際にお客さんからそう話してもらうこともあるし、僕に相談されるかたもいらっしゃいます。昔からひとの話を聞くことが多かったんで、兼務できることがあるかなって思うところもあって。だから今後、カウンセリングの資格も取りたいなと考えていますね。とはいえ「カウンセリングだから、話してください」っていうスタンスだと話しにくいと思うので、勉強したうえで表向きはただのお店のひととして、話を聞くのがいいかな、と。
心が軽くなるきっかけがあるんだ、僕のしていることがちょっとずつ伝わってるんだって思うときはうれしいですね。お店に置いてある本を読んで、自分に必要な言葉を持って帰ってもらうだけでもいいし。すべてのひとに届けようとするのは多分無理だし、雑多になると思うから、拾って帰ってもらえたらいいなと。店内にできるだけ、拾えるものを多く散らすようにしています。

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2階は「昼寝」もできる休憩スペース。知らないひと同士でも横たわっている姿をよく見るという。窓から見える借景緑が美しい

2階は「昼寝」もできる休憩スペース。知らないひと同士でも横たわっている姿をよく見るという。窓から見える借景の緑が美しい

———今後の活動は、どのように考えられていますか?

ひとに関わったり、地域に関わったりして、広がりが出ればいいなと思いますね。ひとりでできることって、すごく限られていて。会社勤めであれば専門職だけをやっていればいいんですけど、お店をやるとなると社長も営業も、広報もデザインも、経理、清掃、運営も、全部やらないといけない。それをやってみたい、できるようになりたいという思いもあるんですけど、ひとりでできることには限りがあるので、違う世界のひとたちと関わることで、活動に広がりをつくるとか。
尾道に暮らしてお店をやらせてもらっている以上、その周辺の地域に対して何かを行っていきたい。今、地元の公民館から声をかけていただいて、小学校で「子ども料理教室」をやっているんです。その取り組みが、食育につながればいいなと思って。地域にいるからこそ、地域に還元したい。枠をどんどん広げていけば地域が県になり、西日本になり、日本になり世界に……。そう広がっていくための、最初のひとつだと思っていて。今もやってるんですけど、今後もワークショップや、食育などで地域のひとと関わりながら、何かをやっていくことはしたいですね。
お店の「アルト」は、パソコンの「altキー」と一緒のスペルです。「オルタナティブ」の略で、altのキー単体では、あんまり機能しないんですね。でもほかのキーと一緒に押すことで拡張性が生まれる。今後の展望としても、そういうイメージがあります。ここだけでというよりは、ここも含めてどこかと一緒に広がっていくような位置にする。

定期的にワークショップや、地域の小学生を対象にした料理教室を行っている

定期的にワークショップや、地域の小学生を対象にした料理教室を行っている

定期的にワークショップや、地域の小学生を対象にした料理教室を行っている

———都心部だけが影響力を持つ時代ではなくなり、各地で新しい試みが生まれ、個々がつながりはじめています。そのひとつとして、アルトから広い世界につながっていく可能性を感じます。

今後、「風」の時代に入るらしいんですね。これまでは「地」の時代だったんですよ。つまり物質的なものに価値があったんですけど、これからはかたちではなく個性だったり、非物質的なものに価値が生まれる。今までみたいに、ここじゃなきゃダメとか、場所が限定される話ではなくて、もっと流動的というか。お店としてもいろんなところでやっていけるほうが時代には即していけるかな。柔軟に対応していきたいと思っています。

———町田さんの活動としても、今後尾道から離れ、別の地域にうつることもあり得るのでしょうか?

決めてはないけど、変わるだろうなとは思ってます。僕が就職するときに、おじさんから印象的な話を聞いたんです。「『こういう仕事がしたい』と思って会社に入ると、そうじゃなかったときに会社を辞めたくなる。そうではなく、就いた会社で何ができるかを考えなさい」って言われて。四角い状態だと四角にしかならないけど、ここでやるならこういうふうにやったらいいなと考える。その考え方は、今後も変わらないと思いますね。
それに、まちにも献血をたまにしたほうがいいと思っているんです。古いものと新しいものを時々入れ替えないと、どうしても不健康になっていくんですね。古いものを出したら新しい血をつくってくれるらしい。
尾道はまだまだ面白くなりそうと見越しているし、実際に観光客の方も増えていて、商店街も昔より活気付いているみたいですね。まちのなかの新陳代謝も、今の尾道はよくなっているんじゃないかと思います。

取材・文 浪花朱音
2020.05.25 
オンライン通話にてインタビュー

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町田明彦(まちだ・あきひこ)

1984年兵庫県生まれ。京都造形芸術大学空間演出デザイン学科卒業。香川県直島にある、ホテルベネッセハウスのフレンチレストラン、カフェ、バーに勤務し、約7年後、2017年に「ごはんと珈琲アルト」を広島県尾道に創業。日々の喧騒から離れ、料理、空間、接客で人々をもてなす。


浪花朱音(なにわ・あかね)

1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。2017年より約3年のポーランド生活を経て帰国。現在はカルチャー系メディアでの執筆を中心に活動中。