アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

このページをシェア Twitter facebook
#141

市民のそばにある「問い」。小さなアートプロジェクトの可能性
― 大前和正

(2024.08.11公開)

芸術祭が旅行雑誌の表紙を飾るほど、アートプロジェクトによる地域創生が一般化した現在において、スポットを当てられることはなくとも確かに市民と歴史を重ねている小さなアートプロジェクトの存在がある。アートプロジェクトと地域創生の関係について研究をされている大前和正(やすまさ)さんは、今そこに目を向けている。大前さんが在住する大阪府茨木市の取り組みは先進的な事例の一つで、1960年代から現代美術と行政が手を組み、様々なアートプロジェクトを主導してきた。大前さんが定義する「ローカル・スモール・アートプロジェクト」の可能性について茨木市の事例を通し伺う。

画像3-4_resize

———まずは大前さんの現在の活動を教えてください。

仕事としては会社の経理・財務が専門で、企業の創業支援などもしています。もう一つの軸としては、これは仕事というよりもライフワークですが、地域創生についての活動で、特にアートプロジェクトと地域創生の関係性がテーマです。現在は特に「地域に密着し、住民参加のプロセスを重視した、社会的テーマを持つ小規模な現代アートプロジェクト」を「ローカル・スモール・アートプロジェクト」と定義し研究しています。

画像1_resize

2023年の日本地域創生学会にて

———地域創生に目を向けたきっかけはなんだったのでしょうか。その分野を学ぶために京都芸術大学の通信教育部、そして兵庫大学大学院へと進学もされていますね。

数年前に、仕事で商店街の新規事業立ち上げを経験し、地方の商店街活性化についてリサーチしたことが地域創生に目を向けるきっかけでした。その後、水都大阪という大阪の大きなイベントで子供向けのワークショップを企画する機会があったのですが、そこで交流した方々が結構な割合で芸術大学を出ていて、自分も芸術大学で勉強する必要性があるのではないかという気づきがあったんです。昔から美術や音楽は大の苦手で、普通に考えると私の中で芸術大学は選択肢の中に入らないものだけれど、唯一京都芸術大学の芸術教養学科は非常に幅広い守備範囲の中で学びを得ることができそうだと思いました。作家ではない私の立場で、芸術教養学科はアートに関ることができる可能性を最もリアルに思い描くことができる場所でした。入学後はひたすら黙々とオンライン動画を見て、レポートを書いて、試験を受けて卒業を目指したということに尽きますが、卒業研究では観光産業とデザインをテーマに、ゲストハウスがいかに地域の活性化に結びついているかを考えました。
現代アートに本格的に興味をもったきっかけも京都芸術大学で「瀬戸内国際芸術祭を見にいったことに始まります。2016年に卒業してからはよりその興味が強くなっていきました。その後、少し違う切り口で学びを深めようと兵庫大学大学院へと進み、地域に密着した現代アートのプロジェクト、先に言った「ローカル・スモール・アートプロジェクト」についての研究を始めました。

ヤノベケンジ《サンチャイルド》 2011(平成23)年度茨木市彫刻設置事業。東日本大震災と原発事故からの復興と再生への願いを託し、南茨木駅前に設置。全長は6.2メートル、体重は1トン

ヤノベケンジ《サンチャイルド》
2011(平成23)年度茨木市彫刻設置事業。東日本大震災と原発事故からの復興と再生への願いを託し南茨木駅前に設置。全長は6.2メートル、体重は1トン

———「ローカル・スモール・アートプロジェクト」について聞いていきますね。大前さん自身の居住地でもある大阪府茨木市の事例に目を向けられていますよね。

茨木市はヤノベケンジさんや名和晃平さんといった有名な美術作家の作品が、なぜこんなところに? という場所に公共彫刻として設置されているんです。気になって調べると、「現代美術-茨木」という1968年から続く茨木市主催の展覧会から茨木市と現代美術の関係は始まっていました。その出自については不明な部分も多いのですが、市役所の方に聞くと、1960年代から行政が現代美術に着目して展示企画をしている事例は日本でもなかなかないそうです。途中コロナなどで中断しながらも約50年毎年開催している。「なんでそんなものに予算をかけるんだ」というクレームが出てきてもおかしくないのに、大きな反対もなく50年続いている現代美術の土壌が茨木にはありました。

「現代美術-茨木」 アンデパンダン形式(無審査)による「公募部門」と、活躍中の若手作家の中から選出した招待作家による「特集作家部門」の2部構成で開催される展覧会

「現代美術-茨木」
アンデパンダン形式(無審査)による「公募部門」と、活躍中の若手作家の中から選出した招待作家による「特集作家部門」の2部構成で開催される展覧会

調べていくと、他にも茨木ではアーティストが主体となって様々なアートプロジェクトをしていることがわかりました。地域創生の視点で見たときに「瀬戸内国際芸術祭」や「大地の芸術祭のような規模の大きいものは目につくけれども、規模は小さいけれどもこんなに魅力的なことをしている地域もあるんだと。それについて研究することは、茨木市民に多く見られるシビックプライド、つまり郷土への誇りと愛着への理解に繋がるのではないかと仮説を立てました。

名和晃平《Trans-Ren(Bump,White)》 2012(平成24)年度茨木市彫刻設置事業。市の象徴的存在である茨木童子からインスピレーションを受け、三次元スキャニングとデジタルモデリング技術によってつくられた彫刻作品

名和晃平《Trans-Ren(Bump,White)》
2012(平成24)年度茨木市彫刻設置事業。市の象徴的存在である茨木童子からインスピレーションを受け三次元スキャニングとデジタルモデリング技術によってつくられた彫刻作品

———茨木市の取り組みで特に注目されているものはなんでしょうか。

HUB-IBARAKI ART PROJECT」は中心的なものかと思います。「継続的なアート事業によるまちづくり」を主題として2016年から続くアートプロジェクトです。2008年からの茨木市彫刻設置事業を前身とし、何度かのリニューアルを経て現在の形となりました。茨木市に暮らす人々が現代アート作品やアーティストとの交流を通して「表現の豊かさ/美しさ」「探求心」に触れて、日常の中へ還元していくことを目指したプロジェクトです。毎年、原則1人のアーティストが作品制作を行います。作品を制作する場所もテーマも年によって異なり、完成作品も様々なのですが、「公共空間での展示」「長期展示」「まちや人との交流を持てるような作品の選定」などのキーワードは共通しています。

「HUB-IBARAKI ART PROJECT 2017-2018」 稲垣元則《The Light》 民間の空き店舗を展示空間とし、日没から日の出の間のみ映像作品の上映が行われた。ストーリーを持たないイメージのループが、茨木市街地の夜の風景に浮かぶ

HUB-IBARAKI ART PROJECT 2017-2018
稲垣元則《The Light》
民間の空き店舗を展示空間として、日没から日の出の間のみ映像作品の上映が行われた。ストーリーを持たないイメージのループが茨木市街地の夜の風景に浮かぶ

———市民はどのようにアートと「交流」していくのですか?

「HUB-IBARAKI ART PROJECT」ではその切り口は2つあると思います。一つはワークショップですね。例えば美術作家の中島麦さんは子供たちと一緒に作品をつくることが多くて、子供たちもすごく楽しみながらアーティストと交流しています。もう一つは、本物のアートを市民が気軽に見ることができる場を提供しているところでしょうか。茨木には海外でも高く評価されているような有名な作家がたくさんいて、その方々の作品が美術館などではなく市の施設に行けば観ることができる。その状況に価値があると思います。
市民アンケートの結果を見たことがあるんですけれども、茨木の文化政策に対して期待しているか、というと市民はどうやら期待はしていないんですね(笑)。期待していないとアンケートに答えながら、では評価はどうかというとそれは高いんです。期待はしていないけれど、まぁよくやっているね、という評価だと私は見たんですけれども、これは「現代美術-茨木」の50年や、「HUB-IBARAKI ART PROJECT」などの積み重ねがつくりだした評価だと思います。

2014_takagi_1_resize

「HUB-IBARAKI ART COMPETITON 2013」 高木義隆《「記憶の学校」IBARAKI》 茨木市に暮らす人々から「茨木小学校」についての記憶を聞き、模型として再現。人々が「記憶の一致/相違」を抱えながら過去を思い出したり、現在を見つめたり、未来を考える場をつくりだした

HUB-IBARAKI ART COMPETITON 2013
高木義隆《「記憶の学校」IBARAKI》
茨木市に暮らす人々から「茨木小学校」についての記憶を聞き、模型として再現。人々が「記憶の一致/相違」を抱えながら過去を思い出したり、現在を見つめたり、未来を考える場をつくりだした

———様々なアートのジャンルがある中で、特に現代アートに焦点を当てる価値はどこにあるのでしょうか。

アートという言葉について調べると、「常に新しい思考を生み出し続けるもの」とありました。アートには問う力が備わっており、「この既成の考え方は本当に正しいのか」「どうして私たちはこんな不自由を強いられるのか」などの問いをときにユーモラスに、ときに洗練された手法で、ときに突拍子もないやり方で、つまり今までにない方法を用いて表現するものだという方もいます。その中でも、現代社会に対して問いかけをしているのが現代アートだと私は考えています。
地域創生を考える上では、その地域のいろんなものを掘り起こす作業が必要です。そこで現代アートに着目をすることで、それが持つ現代社会を問う力によって、地域の課題であったり見ないといけないものが見えてくるのではないでしょうか。

SOU(JR総持寺駅アートプロジェクト) JR総持寺駅構内の壁面高に合わせて、平面作品を大型プリントに拡大して展示・紹介。一回につきおよそ4点の作品を紹介し、展示は半年ごとに入れ替えを行う。2017年に美術作家・稲垣元則氏と藤本聖美氏で結成され、様々な文化プロジェクトを立ち上げ運営しているOne Art Projectによる活動のひとつ

SOU(JR総持寺駅アートプロジェクト)
JR総持寺駅構内の壁面高に合わせて、平面作品を大型プリントに拡大して展示・紹介。1回につきおよそ4点の作品を紹介し、展示は半年ごとに入れ替えを行う。2017年に美術作家・稲垣元則氏と藤本聖美氏で結成され、様々な文化プロジェクトを立ち上げ運営しているOne Art Projectによる活動の一つ

———アートの持つ現代社会を問う力が、地域の魅力や課題の見える化に有効なのですね。では、それはどのように地域の活性化へと繋がっていくのでしょうか。

1つの仮説を持っていて、まず、アートプロジェクトを通じて市民同士が交流するきっかけが生まれます。現代アートが地域の持つ課題を浮き彫りにし問いかけることで、市民同士がその問いに対して互いに考え、課題を解決していこうとするなら、その自発的な活動はまた新たな市民同士の繋がりと次の活動を生むものとなります。自分の地域を良くしたいという思いをきっかけに市民同士が活動していくことは、シビックプライドをつくりだすのではないかと考えています。

画像9-8_resize

ホールや貸室が整備された茨木市のコミュニティセンター「おにクル」は、市民による文化芸術活動の拠点。設計は伊東豊雄氏。施設の名前は市内に住む当時6歳の男の子が命名。茨木市のキャラクター「いばらき童子」を見て「怖い鬼さんも楽しそうで来たくなっちゃうところ」という意味が込められている

ホールや貸室が整備された茨木市のコミュニティセンターである「おにクル」は、市民による文化芸術活動の拠点。設計は伊東豊雄氏。施設の名前は市内に住む当時6歳の男の子が命名。茨木市のキャラクター「いばらき童子」を見て、「怖い鬼さんも楽しそうで来たくなっちゃうところ」という意味が込められている

———市民に本来的にある、地域のことを自発的に考える力をアートは触発させる可能性があるわけですね。でもアートはやっぱり難しいですよね。

アートが発する問いかけについて考えることが大事だと言いましたが、みんな現代アートに対して自然にそうしてしまっているからこそアートが難しくもなっている。例えば音楽を聞くときに、このメロディーはどんな意味を持つのかなんて専門家でもなければ普通は考えないですよね。好きか嫌いか、ノリがいいか悪いか、まずは音楽を聴くような感覚でアートに触れてみることが大事で、アートをもっと身近な存在として捉えられる仕組みこそが、地域創生と現代アートの関係性を見るときの大きなテーマではないでしょうか。

画像10-2_resize

「BIWAKOアーティスト・イン・レジデンス」第1回展示会場にて、主宰の駒井健也氏(右)と大前さん(左)

「BIWAKOアーティスト・イン・レジデンス」第1回展示会場にて、主宰の駒井健也氏(右)と大前さん(左)

———様々な地域へと足を運ばれていますが、茨木市以外で着目されてる事例はありますか。

滋賀県で2022年から2年連続で企画されている「BIWAKOアーティスト・イン・レジデンス」に今最も注目しています。大学で建築を学んだ琵琶湖漁師である駒井健也さんが中心となって、参加アーティストが漁師体験をふまえた作品を制作・展示する企画です。世界農業遺産にも認定されながら後継者育成が長年の課題となっている琵琶湖の漁業にフォーカスを当て、同時に、若手作家の背中を押すことを目的としているそうです。2024年の開催についても予定しているそうなので非常に期待しています。

YouTube–【地域創生・SDGs「ひと・こと・もの」を元気!にする番組】大前さん出演回

———各地に市民の暮らしのそばにあるアートプロジェクトが息づいているのですね。大きなもの、派手なものに覆い隠されてしまいがちな中で、アートプロジェクトを見る視野が広がりました。

知られていないだけで、各地にきっとたくさんあるはずですよ。一方で、もちろん地域創生はアートプロジェクトだけで成せるものではありません。産業・歴史・文化を掘り起こして、よく研(みが)き、発信していくことが必要です。
取材先で市民の方から「うちのまちには何もない」という声を聞くこともあります。それは日常的になりすぎて気づけていないだけかもしれません。見えづらくなっている足元の産業や歴史、そして文化を自らの手で掘り起こすことができたら、自分の地域にもっともっと自信を持てるようになるのではないか。そうすることで市民が自慢できるまちになるのではないかと思っています。
あれやこれやとは難しいので、私はまずはアートという切り口でこれからも地域を見ていきたいと思います。

取材・文 辻 諒平
2024.07.12 オンライン通話にてインタビュー

画像11_resize

大前和正(おおまえ・やすまさ)

兵庫県姫路市出身、大阪府茨木市在住
京都芸術大学 芸術学部 芸術教養学科 2016年卒業
兵庫大学大学院 現代ビジネス研究科 修士課程 2024年修了
北海道文教大学 木村俊昭研究室 客員研究員(研究題目:地域の小規模アートプロジェクトが地域活性化につながる可能性についての研究)
「企業経営」と「アートによる地域活性」の両マネジメントについての研究と実践を行う。企業経営ではCFO、監査役として、地域では商店街活性化、起業支援、小規模アートプロジェクトの実践研究などを行う。
日本地域創生学会 関西支部 副支部長、経営技術コンサルタント協会 理事兼研修委員、地域創生「五感六育®・木村塾」塾生、京都芸術大学 芸術教養学科 卒業生学習コーチなどに所属し実践的活動を行う。


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。