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アネモメトリ -風の手帖-

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#19

活版印刷で出会いたい、出会わせたい
― 松永紗耶加

(2014.06.05公開)

滋賀に生まれ、京都造形芸術大学で空間デザインを学んだ松永紗耶加さん。学生時代から金沢が好きで、幾度となく足を運ぶうちに、移住することを決意。大好きな金沢のまちに暮らしながら自身の作品制作を続けるなかで出会ったのが、鉛の活字でできた活版印刷だった。この時の出会いがきっかけとなり、後に松永さんはひとりで活版印刷所「ユートピアノ」を立ち上げることになる。利便性やスピードが重んじられる社会において、活版印刷を通じて彼女が大切にしていきたいものづくりのあり方はどのようなものなのだろうか。

―京都と金沢は古都ということで共通する側面があると思いますが、京都の大学に通われていた松永さんが、住む場所として金沢を選んだのはどのような理由からなのでしょうか。

なぜわざわざ金沢に行ったのかということはよく聞かれるのですが、金沢の方がサイズが小さくて、京都の比にはならないくらい静かで暮らしやすい。他の地方都市でも静かなところはたくさんあるけれど、文化的な水準が高くてしかもゆっくりと静かに暮らせる街はなかなかないと思うんです。そこが金沢に住みたいと思った理由ですね。

―金沢に移住されてからは、どのような活動をされていたのですか。

地元の滋賀や京都でも作品を制作し、場所を借りてグループ展や個展をしていたのですが、2007年に金沢に移り住んでからもアルバイトしながら作品を作って発表する活動をしていました。3年前に、民家の半地下を借りて建築や、加賀友禅をしている友人とわたしの3人で共同運営という形で「香林坊窟」というスペースをつくりました。そこは美術発表のみの場にはしたくなかったので、展覧会の会場として貸し出すだけでなく、勉強会やトークイベントも開催しています。その「香林坊窟」でわたしが個展をすることになった時、活版印刷で作品をつくりたいと思い、業者さんを探した結果、富山県小矢部市にある活版印刷所にお願いすることになったんです。

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民家を改装した香林坊窟には連日さまざまな人が集う

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香林坊窟で行われた松永さんの個展。上はシャツに音符が描かれた「Happy birthday shirt」。下は「茄子の夢」という小噺をもとにした写真作品

―活版印刷との出会いはご自身の作品づくりがきっかけだったんですね。

そうなんです。この時はその活版印刷所に印刷のすべてをお任せするかたちでつくってもらったんですが、後に作品を増刷したいと思い、再度ご連絡した時にその活版印刷所がお店を閉めて、活字(印字用の文字)を金属業者に売るという話を聞いたんです。金属業者に売られた活字は溶かされて、グラムいくらで値段が付いて売られてしまう。これはあまりにもったいないと思い、一度海外旅行に行ったと思って、活字や活版印刷の道具をすべて買い取ったんです。
最初は商売にしようとは全然思っていなくて、自分や友達の名刺を刷れればいいかな、と考えていたんです。でも道具自体はとても重いものなので、ふつうの家にずっと置いておけるようなものでもないな、と。そこでいろんな人に活版印刷の道具を置く場所がないかと相談していたら、知り合いの設計士の方が自分の修繕しているシェアアトリエが入居者を募集していると教えてくれたんです。そこでそのアトリエを借りて入ることにしました。

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松永さんが買い取った金属製の活字。今ではとても貴重な品物。銀色の活字は松永さんが新たに買い足したもの (撮影:本間智希)

―そのシェアアトリエが現在の活動拠点となっている「ひがしやま荘」なんですね。

はい。ここは元建具屋さんで、家主の方が体調を崩されたのをきっかけに、商売を辞められました。でも建物自体を壊してしまうのはもったいないので貸し物件にしようとしたそうなんですが、古い物件で、お風呂などは使えなくなっていて、1棟貸しだとなかなか借り手もつかないだろうと。そこで、絵を描くのが趣味だという家主の奥様が、せっかくならものづくりをしている人たちに貸したいと思われて、今のようなシェアアトリエにされたそうです。

ひがしやま荘外観

古き良き金沢の風情が残るひがし茶屋街の近くに立つ「ひがしやま荘」

——さまざまなジャンルの方が入居されているようですが、具体的にはどのような方がいらっしゃるのですか。

「ひがしやま荘」にはお店が3つとアトリエが2つ、合計5組が入っています。お店は陶芸家の方が自分の作品と、ガラスや金工など他の作家さんの作品や古道具を置いているセレクトショップ、紙箱屋さん、そして私の活版印刷所です。アトリエは金沢美術工芸大学出身の作家さん2人が入居されています。

——「ユートピアノ」は週末のみの営業となっていますが普段は別のお仕事をされているのですか。

そうですね。平日はアルバイトもしているのですが、ほぼ毎日印刷所にいるんです。週末の営業日は活版印刷所を見てみたい、注文する前に見学したいという方がいらっしゃるので、そういう方のために開けているんです。でも毎日開けていると、接客中心になって作業が滞ってしまうので平日は閉め、内で作業をしています。

——活版印刷で制作されているものは名刺が中心なんですね。

私の持っている印刷機が小さくて、しかもすべて手作業ということもあって、名刺を中心に制作しています。はがきサイズのものの注文を受けることもありますが、できることが限られているので、やはり他のものは難しいですね。

名刺

活版印刷で作られた松永さんの名刺

——実際の制作作業はどのような流れで行うのですか。

まず基本の原稿をつくり、必要な活字を探して並べ、一行ずつ組んでいきます。そして校正刷りしたものをお客様にメールでお送りして確認していただきます。お客様が納得いくまで細かく確認していただくので、何往復もメールのやりとりをしますね。名刺は一度にたくさん作成しますし、1年くらいかけて使っていくものなので、必ず心から気に入っていただけるものをつくりたいと思っています。なので2、3週間は制作にかかりますね。

——お客様は地元の方が多いのですか? それとも全国いろいろなところから発注があるのですか。

やはり近く、北陸近県の方が多いですね。「ひがしやま荘」に実際に来られて印刷所を見学された方が注文されることもありますし。そういう意味では旅行で金沢に来られた遠方からのお客様も時々いらっしゃいますね。

——紙はどのような素材を使っているのですか。

主に洋紙ですね。和紙での注文があれば和紙を使います。でも大体の方がそんなに紙に詳しいわけではないので、わたしが活版印刷に適した柔らかめの洋紙をあらかじめ何種類か選んでおいて、お客様に提案するといったかたちです。活版印刷の味わいはやはり紙の上で文字が凹むところなので、その風合いが出やすいよう柔らかい紙を使って印刷していますね。

——女性が一人で活版印刷所をやっているというのは珍しいことだと思いますし、作業も力仕事が多くてなかなか大変なのではないですか。

そうですね。活字の棚はすごく重たいものですし、判を入れておく引き出しを出し入れするのにも力が要ります。実際に活字をプレスする作業も力仕事ですので、段々腕に筋肉がついてきました。ただそれは全く苦にならないんです。私はずっとパソコンの前にいるような仕事だけはしたくないと思っていたので、活版印刷で肩や目を悪くしても間違った方向じゃないなと思っています。この仕事自体は本当に楽しんでやっていますね。

作業場

松永さんの作業場。ここでひとつひとつ、緻密な作業が行われる。

印刷機(作業場写真と隣り合わせ)

——「ユートピアノ」という店名は言葉の響きがとても印象的ですが、これはどういった由来があって名づけられたのですか。

昔、NHKで『四季・ユートピアノ』というドラマがありまして。ピアノの調律師が主人公のお話だったんですが、そのドラマの世界観がすごく好きだったんです。「ユートピアノ」を店名に使わせていただきたい、とそのドラマの監督に手紙を書いて送ったところ、いいですよ、と許可していただき、名前にしたんです。「ユートピアノ」自体は造語ですね。○○印刷所やなんとか堂、というような店名はわたしのつくりたいものの雰囲気とはちょっと違うな、と思ったんです。

——お話を聞いていますと、松永さんはものづくりへの信念や揺るぎない美意識をご自分の中に持っていらっしゃるように感じるのですが、作品の制作活動をはじめ、「香林坊窟」や「ユートピアノ」などの運営を通して伝えたい思いや、または基盤にしている考え方とはどのようなものなのでしょうか。

私は社会生活をする上で、“多様性”がとても大事だと考えています。人も物もこうでなくてはならない、という限られた考え方をするのがすごく嫌で。活版印刷ももともとひどく効率が悪いものですし、時間もかかる。なくなっていくのも経済の流れからしたら当たり前のことなんですが、でもそれに価値を見出す若い人もいる。だとするとまだなくならなくてもいいものだと思うんです。名刺をプリンターでつくるという人も、活版で作るという人も両方いていいと思うんですが、それを選べなくなる、ということ自体が人間が進化しているのに不自由になっていくということなのではないかと思っていまして。
ただそういうことを考えているだけでは何も伝わらないので、わたしは作品をつくって表現し、伝えていくという活動をしています。時には恥ずかしかったり苦しかったりするけれど、それを人に見せないと伝わらない、と思っていて。そういう考えの人に私も出会いたいし、そういう人どうしを出会わせたいと思って「香林坊窟」を始めたんです。なのでいろんな人、いろんな考えがごちゃごちゃと混ざり合った世の中がいいと思っています。
今、ひとつの大きな経済の流れに乗れないものは淘汰されるような風潮がありますが、異質な物どうしが混ざって成り立っている社会の方が絶対面白いと思っています。そんな思いが私の活動の根源にありますね。

——すごく共感できます。特に地方は大型量販店やチェーン店が立ち並び、買い物をしたり食事をしたりする場所が画一化していく傾向があって、消費者が選ぶ選択肢が少なくなっているように思います。そんななかで金沢というまちは、松永さんの思いを具現化するのにとても適した風土だったのではないでしょうか。

本当にそうですね。金沢自体、古いお店と新しいお店が共存している場所ですし、こちらに来てから本当に様々な年代の方に出会う機会が多いのですが、皆さん応援してくださるのでとてもありがたいです。活版印刷自体も、初めて見た場合でも懐かしいという感覚を持って気に入ってくださる方も多いですし、いろんな方が受け入れてくださっていますね。

——今後は現在の活動をどのように展開していきたいと思われていますか。

活版印刷の道具を譲ってくださった富山の印刷所に、動力で動く大きな印刷機があるんですが、それも私に使ってほしいと印刷所のおじいさんが言ってくださっているんです。今使っているのは手動の印刷機で、名刺が中心ですが、その印刷機があればA4サイズくらいのものもつくれるようになるんです。
使い方も教えると言ってくださっているのですが、とても大きなものなので、今いる「ひがしやま荘」から引っ越しをしないといけなくなってしまうんです。でもいつかその印刷機をおじいさんから譲り受けて、活版印刷の制作の幅を広げていきたいと思っています。

インタビュー、文:杉森有記
2014年4月27日Skypeにて取材

写真-2

松永紗耶加(まつなが・さやか)
1982年滋賀県生まれ。京都造形芸術大学空間デザインコース卒業。2007年に金沢市に移住。学生時代から続けていた制作活動を行いながら、2011年にギャラリー兼サロン「香林坊窟」を共同運営、2013年にはシェアアトリエ「ひがしやま荘」にて活版印刷所「ユートピアノ」を主宰。
http://www.utopiano-kanazawa.com

杉森有記(すぎもり・ゆき)
1979年福井県生まれ。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒業。美術館学芸員、雑誌編集者を経て、現在京都市内のギャラリーに勤務。