(2023.12.10公開)
彫刻家・築山有城さんの制作は、いつも素材との「遊び」や「実験」から始まるという。素材固有の特性を見つけると、例えば「他者から送ってもらった余った塗料のみを使用する」といった制作のルールを設定し、以降の工程に作家の意志を極力介さずつくっていく。素材が、築山さんの設定したルールに従いかたちを成す。それは、素材特性が彫刻になった状態といえるかもしれない。どの作品からもたくさんの試行が見える強度があると共に、鑑賞者との対話を拒まない親しみやすさも感じられる。
その姿は築山さんが代表をつとめる「C.A.P. (特定非営利活動法人 芸術と計画会議)」の運営姿勢にも通ずるように思う。神戸を拠点とした市民とアーティストの対話の場は2024年に30周年を迎える。彫刻家として、団体の代表として、築山さんのこれまでとこれからを聞く。
———まずは2023年初夏の個展の作品〈round table〉シリーズについて伺います。
壁面に垂直に取り付けた陶芸用の手回しろくろの上に、直径1m20cmの板を貼りつけて回転させるんです。その頂点から2色の水性塗料を交互に垂らして、回転させて放っておくと塗料は混ざり合いながら乾燥していきます。それを何度も繰り返して制作します。色の組み合わせを変えて8点つくりました。
2017年から始まった、10年間毎年TEZUKAYAMA GALLERYで個展をする「エキシビションプロジェクト」の7回目に出品した作品です。
装置をつくったり、全体的な工程はコントロールしているんですけど、塗料が飛沫をあげて飛び散るさまや混ざっていくさま自体はコントロールできないので、そのコントロールできない事象を見せる作品です。
———2019年の個展で発表された〈stardust revolution〉のシリーズも同様に手回しろくろの装置を用いた作品ですね。
回転させた板の中心から外に向かって、ボンドにラメを混ぜたものをスクレイパーで伸ばしていくと、らせん状のキラキラとした模様ができるんです。1回伸ばしてしまったらもうやり直しはできないので、それで終わりです。
この作品も偶然性に任せようと思って、ラメは自分で色や素材を選ぶんじゃなくて、数十種類が詰め合わせになっているものをネットで買いました。作品サイズも自分では決めていなくて、支持体の元になった廃材から切り出せる最大の円を切り出しているだけなので、大きかったり小さかったりします。作家の意志をできる限り避けるというか。
計100個くらいつくったんですけど、この時は宇宙をテーマに制作したのでギャラリーでの配置もくじ引きで決めましたね。くじで出なかった番号の作品は展示していません。
———近年の作品では恣意性を排除することが徹底されていますよね。
そうですね、できるだけ自分で決めない。偶然できる造形とか、やってみないとわからないことは魅力的ですよね。かっこよく見せよう見せようと頑張るよりか、偶然できた方がかっこいいっていうのはなんでだろう、ありますよね。そんなことを言って、ひょっとしたら1年後には普通に絵を描いているかもしれないですけど(笑)。ルールを決めたらもうあとはやるだけなんです。そのルールを決めるために「遊び」や「実験」と呼んでいる行為があるんですね。
———「遊び」や「実験」とは?
素材を切ったり折ったり塗ったり磨いたり、作品になるかどうか分からない行為を繰り返して、そのときに気づきがあるんですよね。気になったことをドローイングで描きためていますし、最近はドローイング代わりにテキストを書くことも多くなりました。
そういうことはもう日常的に山ほどやるんですけど、ほとんどはしょうもないと思って出さないんですけどね。
あとは作品制作とは全く別のことをしているときによく思いつくんですよね。日常生活の中で、自転車で今日はちょっと違う道を通ってみるとか、わざと遠回りしてペダルを漕いでいると何かアイデアが降りてきたり。車を運転しているときとか、朝ご飯を食べて美味しいなと思っているときとか、なんでかわかんないんですけど、他のことに集中しないといけないときほどアイデアが浮かぶんです。机では無理ですね(笑)。
———「遊び」や「実験」から見出したルールが設定され、素材がそれに沿うわけですね。例えばキャンバスにたった1色が塗られた〈paint it flood〉や、巨大な楠を6等分した《6G》などはより素材そのものの特性がかたちを成しているように思えます。
〈paint it flood〉は10年のエキシビジョンプロジェクトの初年度の作品で、ペンキ1缶分、3Lくらいのペンキを1日でひとつのパネル上に全て塗る作品です。朝から晩まで塗っては乾かしてを繰り返して1缶空にするだけという。
ギャラリーでは、使ったペンキの缶と刷毛も展示していました。刷毛に日付が書いてあって、塗った日が分かるんです。
個展ではギャラリーに毎年図録をつくっていただいているんですけど、実はこの〈paint it flood〉のシリーズで塗った色の順番と、各年度の表紙の色の順番がリンクしてるんです。なので、来年以降の図録のメインカラーは全て決まっているんですよね。
《6G》は、6つのgravityで《6G》です。ひとつの楠の塊を3ヵ月ほどかけて手鋸で6等分した作品ですね。大正時代に作られた刃渡り75センチののこぎりをヤフオクで手に入れて、それを目立てをして使いました。
全てを切り終えるまでに要した時間を作品の素材としたので、なんとかそれが伝わるよう壁面にこの作品に至るまでに描いたさまざまな種類のドローイングを展示しました。
チェーンソーで切ったら、すぐできてしまうと思うんです。でも手鋸でやるのがポイントで。ちょうどその頃、世間では通信速度の用語で爆速4Gとか未来の5Gという言葉が出てきていて、だったら6Gはもう1回ゆったり手の仕事に戻ったらどうかなと思って。
最初は大きな楠の塊を手に入れて、普通に切って彫って彫刻作品をつくろうと思っていたんですよ。でもずっと眺めてたり観察してるうちに愛着が湧いてきたというか。ものすごい長い時間をかけて頑張って生きていた木なんだなという感じがしてきて、自分もこの楠をただの素材として捉えるのではなく、この木が成長してきた時間に敬意を表して、自分の力だけで、時間をかけて切ることに向き合ってみようと思いました。
———築山さんはご自身の肩書きを彫刻家としていますが、例えば〈paint it flood〉のような作品も彫刻作品なのでしょうか?
あまりこだわりはなくて、現代美術家やアーティストと名乗ってもいいと思っているんですけど、アーティストというと意味が広いですし、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)の彫刻コース卒なので彫刻家でいこうと。
〈paint it flood〉が彫刻作品かどうかについては画家の友達とも話をしたことがあって、「これはペイント作品じゃなくてペインティングなんだ」みたいな意見交換をして彼は首を傾げながら帰っていったんですけども(笑)。例えば作品の色合いだとか、画面構成を見せると平面作品になると思うんですけど、ペンキ1缶を1日で塗るということにフォーカスがいっているので、平面作品じゃないんですよね。行為を見せているんです。ペンキ1缶を塗るのに要した時間や、日々、鋸で楠を切る行為が積層された時間が主題ということです。
———築山さんの作品は一見シンプルに見えて、膨大な試行の積み重ねを感じます。
どうなんでしょう、やっぱり正直なんじゃないですかね。かっこつけないというか、本当に自分でおもしろいと思って徹底することですね。適当にやってしまうと強度がないと思うので。サイコロを3万回以上振ってつくった作品もあります
———一方で親しみやすさや軽やかさもありますよね。作品のタイトルはどこかクスッとさせるものだったり。
作品のタイトルはできるだけ楽しいやつを付けています。スターダストレボリューションは漫画『聖闘士星矢』に出てくる技の名前ですし。宇宙をテーマにした作品だから。
私のやっていることは現代美術から離れたところにいる人にとってはちょっと小難しかったりするかもしれないですけど、タイトルの「何だこれ?」というところから初めてこのジャンルに触れる人と話すきっかけにもなりますよね。こんなアーティストの人もいるのか、こんなタイトルをつけていいのか、っていう。入口をつくるという意味では、自分が代表を務めているC.A.P.の理念ともつながっているかもしれません。
———築山さんが2023年より代表理事を務められているC.A.P. (特定非営利活動法人 芸術と計画会議)のお話も伺えればと思います。
C.A.P. は神戸市に拠点を置くコミュニティで、1994年発足なので来年で30周年になります。
C.A.P.が運営するKOBE STUDIO Y3では、個人のスタジオが12部屋、長屋みたいに並んでいて、作家が部屋にいてもいなくても常に扉をオープンにして、来館者に制作過程を公開するというオープンスタジオ事業を行っています。指定管理者の一員として海外移住と文化の交流センターという神戸市立の建物に入っているので、どなたでも遊びにきていただけます。間口が広いですね。
美術館やギャラリーなどで完成した作品や展覧会を見せるということとは違う手法で、どなたでもアーティストと話ができて、近い存在になれるような取り組みをC.A.P.は続けてきました。もちろんアーティスト同士の交流もありながら、市民と意見交換ができるのがおもしろいところだと思います。そこへ訪れる様々な境遇の人も含めてつながりをつくることで初めて文化といえるものになるのではないかと思います。
年間を通してオープンコールでアーティストを募集していて、人との関係が広がっていくことをおもしろいと捉えられるオープンな性格のアーティストにはとても魅力的な場所だと思いますね。何時でも誰かが入ってくるかもしれないそのスタジオで1年やってみることによって、内向的であったマインドが少しずつ変わっていったアーティストもいます。かつての私もそうでした。
美術館とかギャラリーで活躍しているアーティストはそのまま突っ走ればどうにかやっていけると思うんですけど、何にもとっかかりがない、あるいは美術館やギャラリーには話が聞いてもらえない人はどうしたらいいんだ? となった時に、「じゃあできる範囲で何か一緒にやってみよう」というスタンスで、間口が広いコミュニティがあることは大切だと思うんです。話をしにきた全ての方と何かができるわけではないですけど、C.A.P.は昔から「ひとりではできないこと」を実践してきました。
———私も築山さんに直接作品について聞くことで、鑑賞することが何倍にも面白くなりました。最後に、彫刻家として、C.A.P.の代表として、築山さんの展望を教えてください。
カシューという、カシューナッツの殻から取れる成分と樹脂からつくられた人工漆と呼ぶべき素材があるんです。それで今実験してるようなことがあったり。まぁ普通に樹脂として自分は使わないとは思うんですけど(笑)。結構大きめの楠の塊を今また持っているんで、それはちょっとどうなるか。時間があったらそれを眺めているので、また運転している時にでも何かアイデアが浮かぶかもしれないですね。
C.A.P.はアーティストだけの集まりではなくて、多ジャンルに様々な長所を持つ人達が集っており、メンバーは国外にもじわじわと広がってきていて国境を越えたつながりも持っています。こういった人達と協力して、多国での活動を経験して積み上げていくことを継続したい。
そして、指定管理制度下ではなかなか実現できないこともあるので、現在事務局が入っているセンターの外でも何かできたらいいなと妄想しています。C.A.P.は神戸で育まれたコミュニティですから、このまちを大切に、どこかで、例えばファクトリーなのか、ギャラリーなのか、ショップなのか、カフェなのか、それら全ての機能を持った場所なのかまだぼんやりしていますけれど、様々な人たちが長所を生かして自由に関わっていけて、人もお金もグルグルと交流しながら発展していけるような場所を運営していけたらおもしろいなと思っています。
取材・文 辻 諒平
2023.11.07 オンライン通話にてインタビュー
築山有城(つきやま・ゆうき)
1976年、神戸市生まれ、在住。京都造形芸術大学芸術学部美術科彫刻コース卒業。
築山が扱う素材は金属や樹脂、木、塗料など多岐に渡るが、制作の出発点は常に素材そのものにある。彼自身が「遊び」と呼ぶ実験を繰り返す中から素材固有の特性を捉え、それを作品主題の一部とする点において、築山の作品制作には一貫した姿勢が感じられる。また、作品を構成する要素はシンプルでありながらも、一つのスタイルに固執せず、常に好奇心と柔軟な思考から作品制作へと繋げている。
(TEZUKAYAMA GALLERY Webより)
https://www.tezukayama-g.com/artist/yuki_tsukiyama
Instagram: @yuki_tsukiyama
ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)
アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。