(2022.11.13公開)
刺繍アーティストであり、ファッションデザイナーとして服の制作を行う有本ゆみこさん。自身のブランドSINA SUIEN(シナ スイエン)のコレクション発表に留まらず、アイドルグループ・ZOC(現:METAMUSE)の衣装制作や映画『ホリック xxxHOLiC』で侑子役を演じる柴咲コウ氏に衣装提供を行うなど、近年様々な媒体で有本さんの刺繍を目にする機会が増えている。最新コレクション「刺繍百花子(ししゅうひゃくはなこ)」では、有本さんが日頃からリスペクトする人たちにモデルになってもらい、ひとりひとりの心身に寄り添った洋服制作を行なったという。“好き”の衝動から突き動かされる有本さんの創作姿勢や生い立ちについて伺った。
———昨年末(2021年)に発表された「刺繍百花子」では、小説家や映画監督としても活躍される舞城王太郎氏とコラボレーションされてましたね。
ショーの脚本・演出を手掛けていただいた舞城さんは、いつかお会いしたい憧れの人でした。私が舞城さんの作品の一方的なファンだったんです。なので全然面識がない状態ではあったんですけども、いつもコレクションの撮影をしてもらっている写真家の佐内正史さんを通じて企画のご提案をし、お引き受けいただきました。制作においては脚本と衣装は切り離して作業を進めていき、本番当日にガッチャンと合わせる感じでした。
「刺繍百花子」の衣服制作では、出演者ひとりひとりと綿密な打ち合わせを行うことから始めました。今回のコレクションのテーマはオーダーメイド。様々な職種で活躍されている出演者のみなさんのお仕事の合間に仕事場やご自宅に伺い、他愛のない話もしたりしながらデザインのイメージを膨らませていきました。
———出演者のあおきえいさんも本職はアニメーション監督としてご活躍されている方です。あおきさんのオーダーメイドスーツはどのように仕立てられましたか?
SINA SUIENとして男性モデルを起用したりメンズアイテムを発表するのは初めての試みでした。前回のコレクション後(2018年)からオーダーメイドスーツのテーラリングの勉強を続け、そこで培った経験と技術を一つの形にしたいという思いがあり「刺繍百花子」では紳士服を多く制作しました。
あおきさんはファッションやデザインに造詣が深い方で、アイテムや形などはご本人から希望をいただきました。ご本人の醸し出す雰囲気に華やかな印象があったので、コントラストが強めのチェックの生地をベースに、ヴィンテージの花柄の生地をポケットのフタや襟などに差し込んだ少し遊び心のあるスーツを提案しました。背中の3匹の猫の刺繍は、あおきさんが飼っているくろみつちゃん、きなこちゃん、だんごちゃんです。お写真をいくつか拝見して、それぞれの見た目の特徴のみならず、3匹の関係性も考慮しながら図案を決めました。当日のショーでは、あおきさんに私物のインナーやアクセサリーなども持ってきていただいて、一緒にスタイリングを考えていきました。
いつもコレクションの撮影をしていただいている佐内正史さんのオーダーメイドスーツも制作しました。佐内さんが1997年に出版した最初の写真集『生きている』の表紙になっている君子蘭のお写真を使用したパターンプリント生地を作りました。プリントの大きさや配置などを佐内さんと話し合いながら白い麻の生地に写真を転写しました。そして左胸部分の君子蘭にだけ、刺繍でお花を咲かせました。いつも重いカメラを持ち歩いて写真を撮っている佐内さんは、肩や背中の筋肉がとても立派ですが、肩に合わせたサイズの服は袖や身丈がだぼだぼになってしまうので、肩のイセ込み(立体的で美しい肩線にするためのテーラリング技法)を多めに入れて、背中にゆとりをつくる型紙補正を施しました。
出演者の方に試着してもらうと服の印象もまた変わってくるので、刺繍も含め何度も洋服の修正をします。その一方で、プロのモデルとして活躍される髙橋真理さんは、2011年に発表した展覧会のイメージビジュアルから協働していて、着用のイメージもしやすかったです。髙橋さんが好きだとおっしゃったドイツのコンテンポラリー・ダンス作品をテーマにして、髙橋さんの長身で美しいシルエットを更に強く魅せられるようなオーダーメイドドレスをデザインしました。彼女がいるだけでその場の空気が変わるような特別なドレスに仕上がったと思います。
———刺繍の色合いやグラデーションがとても繊細で素敵です。刺繍のディテールはどのようにデザインしていくのでしょうか。
図案のテイストによって多少変わりますがたいていの図案はまず紙に下描きをし、色鉛筆で色合いのシミュレーションをします。次にアウトラインをチャコペンなどで布に写して、下描きした紙を参考にしながら縫っていく感じですが、細部のデザインは手を動かしながらその場その場で判断していきます。思い描いた通りにはならないので、完成図はあまり決めつけないようにして進めていきます。縫っていくうちに印象やイメージの方向性が変われば刺繍を解いて軌道修正をします。生地やデザインによっては縫うのに工夫が必要です。先程の髙橋さんのドレスは、胸部と靴のアッパー(足の甲部)に椿の花の刺繍を施したのですが、靴については靴職人であるLa Rificolonaさんと綿密に打ち合わせをして、刺繍部分は革ではなく布を使用し、靴を整形する前に予め刺繍したり、材料を何度も送り合い協働して制作しました。
———ショーの演出について伺います。前回のコレクション「こしょろがみた夢」でも、アーティストのmamoruさんと協働され、まるでインスタレーション作品を見ているかのような印象を受けました。ショーの演出について何か大事にされていることはありますか?
毎回コレクションを発表する動機になるのが、「この人と一緒に何か物作りがしたい」という情熱で、それを手がかりにコレクションの準備を進めていきます。今思い返せば通っていた京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)での環境が大きかったかもしれません。私が所属していた空間演出デザイン学科は、ファッションだけじゃなく、空間デザインやインスタレーションをやっているような人たちが学科内に身近にいたので、コレクションは単に洋服を見せる場ではなく、空間全体を演出して一つの世界観や物語を見せていくものだという意識が自然に身についたのかもしれません。
舞城さんやmamoruさん然り、撮影をしていただく佐内さんも然りですが、物作りをされている人に私から縛りのある注文をするのは失礼に当たるんじゃないかなという思いがあるので、協働制作の線引きにはいつも気を遣うよう心掛けています。自分がどういう気持ちで制作したか、しているか、を自分の言葉や行動で相手に見せる努力は惜しまないのですが、それに対して相手がどう感じて、どんな作品、創作(はたまた言動)を返してくださるかは、いつも相手に委ねています。私にとってそのラリーで発生する連鎖や縁起が協働の醍醐味であり本質です。極端に言ってしまうとその結果生み出された制作物は副産物なのです。
———子供の頃からファッションに興味があったり、刺繍をされていたんですか?
子供の頃はかなりミーハーで、テレビや雑誌の誌面を飾るミュージシャンやアイドルに夢中でした。私は奈良出身なんですけど、高校生の頃は大阪のアメリカ村などによく通ったりしました。携帯ストラップをじゃらじゃらさせて、ヘアセットやメイクに1時間以上かけて、いわゆるギャルのような派手な学生でした。
『Zipper』や『CUTiE』などの当時の原宿系のファッション誌を愛読して、服をリメイクしたり、手作りのアクセサリーを作ったりしていましたが、もともと絵や漫画を描くことが好きで、大学受験の時も洋画志望でした。受験のために画塾にも通っていたんですけれど、洋画コースは落ちてしまい、空間演出デザイン学科ファッションデザインコースには受かったので入りました。大学生活は楽しかったです。課題をこなすのに必死な日々でしたけど、同級生や先輩、先生達と交流しながら我を忘れて制作にのめり込んでいました。
刺繍を始めたきっかけは、大学1年生で履修するスカート制作の課題の時です。シンプルなスカートの形だけで終わらせたくないと思って刺繍を施しました。図案はクローバー。当時大好きだった漫画の表紙に描かれているクローバーをお手本に図案化し、見様見真似で手縫いをしました。
刺繍以外でも、当時はミシンを使わず全て手縫いでやっていました。先生にはこっぴどく怒られましたが懲りずに手縫いを続けていました。特に刺繍の制作においては、絵を描く感じとすごく似ているんです。長い時間を掛けて図柄が少しずつ具体性を帯びてくる感じが、絵を描くことが好きな自分としては没頭している間に作品が仕上がっているので一石二鳥というか。刺繍をしている時間が生きている中で一番好きですね。
———大学を卒業してすぐに刺繍アーティストとして活動を始められたのですか。
あるファッションブランドのデザイナーアシスタントとして就職をしました。会社員時代に、お気に入りのカフェギャラリーやアトリエショップを見つけて、いつか私も展示してみたい、作品を制作販売してみたいと思いながら通っているうちにスタッフの方と仲良くなり、展示や商品お取り扱いのお誘いをいただきました。その後、作品発表などの活動を通じて知り合った人が、ファッション誌の編集者と繋がりがあって、誌面で紹介してもらえることになったりと、少しずつ今の活動に繋がっていきました。
初めから1人でやっていこうという気負いや覚悟はなかったです。楽しい、やりたいという気持ちだけでやっていて、今も昔も周りにサポートいただきながら続けられています。
———有本さんの好きな物や人に対しての一途な衝動が、周囲を巻き込んだ大きなクリエイティブの推進力になっているようにも感じます。
学生の頃からグループディスカッションとかが苦手で、考えや意見を言いなさいとか言われても黙っちゃうタイプの人間なんですが、好きという気持ちは抑えていてもダダ漏れてしまうんです。今回のコレクションにも出演いただいた歌手の川本真琴さんは、高校時代から影響を受けた憧れのアーティストです。川本さんはたまたま共通の知り合いがいて、知り合うことができたのですが、同じく学生の時から尊敬していた佐内正史さんに至っては、佐内さんの写真をテーマにコレクションを制作するので、その作品を撮影してもらいたいと当も無い状況から熱い想いのみで直接コンタクトを取りました。そこらへんの行動力はもしかしたらギャル仕込みかもしれません(笑)。好きなものに対して飛び込んでいくというか。会いたい、一緒に物作りがしたいという好きの気持ちを真っ直ぐぶつけます。
———好きという気持ちにブレーキを踏まないことが、創作活動を広げる好機にもなるということですね。有本さんの今後の展望や制作の予定について聞かせてください。
「刺繍百花子」のコレクション発表会後、展示受注会を開催して、オーダーメイドの受注を受け付けました。その時受け付けた注文を一つ一つ仕上げています。お客様の望むイメージや服を形にするのは楽しく、発見も沢山あります。この経験を活かして今後も制作と発表を続けていきたいと思います。
取材・文 清水直樹
2022.08.27 オンライン通話にてインタビュー
有本ゆみこ(ありもと・ゆみこ)
刺繍アーティスト。「シナ スイエン」デザイナー。奈良県生まれ。2009年より「シナ」としてブランドをスタート。2014年の春夏コレクションにて「メルセデス・ベンツファッション・ウィーク東京」に初参加。2015年にブランド名を「シナ スイエン」に改名。展覧会やコレクションの発表、オーダーメイド服や衣装制作を通して、刺繍を中心に、着用者の心身と周りの空間、衣服の構造、素材が経てきた時間まで巻き込んだ総合的な衣服づくりを目指す。また「有本ゆみこ」名義で漫画を描き下ろして発表している。
http://sina1986.com
Twitter:@arimotoyumiko
Instagram:@arimoto_yumiko
清水直樹(しみず・なおき)
美術大学の写真コースを卒業し、求人広告の制作進行や大学事務に従事。現在はフリーランスライターとしてウェブ記事や脚本などを執筆。