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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#127

未来へのヒントは足元と、世界の声の中に
― 川向正明

(2023.06.11公開)

TED Conference(TEDカンファレンス)はカナダのバンクーバーで毎年開催される世界的な講演会だ。「広める価値のあるアイデア」というスローガンの下、テクノロジーやエンターテインメント、デザイン、科学など多様な分野の識者がプレゼンテーションを行う。そして、本国のTEDから公式にラインセンスを受けて世界中で行われるカンファレンス・TEDx(テデックス)も近年、日本で広がりを見せている。2016年1月に富山県氷見市にて、TEDxHimi(テデックスヒミ)を立ち上げた川向正明(かわむかい・まさあき)さん。人口5万人以下の都市でのTEDx開催は世界的にも珍しく、当時多くの注目を集めた。24歳で留学し、シリコンバレーでIT業界に従事した経験を持つ川向さんは、テクノロジーへの知見と人的ネットワークを活かし、地域創生や医療の分野などで活動している。日本古来の産業から世界の今の声まで、幅広く散りばめられたヒントを取り入れながらプロジェクトを進める川向さんの視点を伺う。

NYで開催されたTEDFest2018で、氷見の定置網漁についてプレゼンをする川向さん

NYで開催されたTEDFest2018で、氷見の定置網漁についてプレゼンをする川向さん

———2016年1月に開催されたTEDxHimi2016についてお伺いします。川向さんがファウンダーとして立ち上げた経緯はどういったものだったのでしょうか。

2012年からTEDxKyotoが始まることを前年の2011年に知って、そこからTEDxKyotoの立ち上げメンバーとして参加したのが最初ですね。TEDxKyotoには3年間関って、2014年頃には自分が暮らしている氷見でもいつかTEDxを立ち上げたいという気持ちに段々となっていました。
2014年に
カナダのバンクーバーで開催されたTEDのライブビューイングイベント・TEDActiveに参加した際、後にTEDxHimiでもスピーカーとして招聘したザック・エブラヒムさんとたまたまカナダの空港でばったり会ったことは転機でした。ザックはイスラム過激派のテロリストの父親を持つ平和活動家で、本国のTEDスピーカーでもあります。初めてザックとお茶をした時は彼がTEDスピーカーだということは知らなかったんですけど、仲良くなって。自分がTEDxHimiを立ち上げる時は、ぜひ招聘したいと掛け合ってみたら約束してくれたんですね。それがTEDxHimi開催の大きなきっかけのひとつになりました。
世界中のTEDxのファウンダーにとって、地元のスピーカーを出すというのも大事ですけど、イベントの目玉として本国のTEDスピーカーが来てくれるのはとても心強いことなんです。

TEDxHimi2016「Passively Active」

TEDxHimi2016「Passively Active」

———TEDxHimi2016のテーマは「Passively Active」。「受動的に活動する」という不思議な印象のテーマです。

まず氷見らしさとはなんだろうということで、「Passively Active」というテーマを設定しました。受け身なんだけどアクティブ、英語のネイティブからすると「ん?」という感じらしいんですけど(笑)。これは氷見で古くから行われている定置網(ていちあみ)漁からインスピレーションを受けました。受け身なんだけどそこに魚を獲る意志は確かにある、という定置網の世界観と、一見受け身に見えて実は芯がある日本人古来の奥ゆかしさを発信していきたい想いを接続しました。
定置網漁業は氷見だけのものではないのですが、非常にユニークな漁法です。広大な網をしかけるのですが、巻き網や底引きと違って、網は海上に置いたまま。魚の出入り口も常に開きっぱなしなんです。入ってきた魚も7割は逃げてしまいます。もちろん獲りたいだけ獲り尽くすことも技術的には可能ですが、持続可能性に配慮して、あえてそうしない漁法なんです。
今の行き過ぎた資本主義、経済効率最優先の考え方で人間が置いてけぼりになっている状況からもう一回原点に立ち返って、自分たちも所詮は地球の生き物の一部でしかないという世界観を、TEDxHimiを通してみんなに感じて欲しかったんです。

———日本で初めての人口5万人以下の都市で開催されたTEDxということですが、大都市での開催と違って苦労することも多かったのでは。

そうですね、TEDxと言っても、地元の人からの認識はやはり薄かったですね。それでも当然地元の人たちとやっていくしかないので、地元のキーパーソンから協力してくれる人を広げていきました。お客さん全体の半分くらいは他県から来ていただいて、非常にバラエティのある層の方々がひとつの場で交流できたのではないかと思います。

TEDxHimi2016の会場にて。アフターパーではひみ寒ぶりが振る舞われた

TEDxHimi2016の会場にて。アフターパーティーではひみ寒ぶりが振る舞われた

———定置網漁は、その後川向さん自身にとても重要なものとなっていきますね。2018年に長崎県西海市で行われたTEDxSaikaiでは登壇者として、定置網漁についてのプレゼンテーションをされています。

定置網漁とは2012年に氷見の観光協会で働いている時に出会ったんですが、漁協の参事さんから聞いた「天の恵みのおこぼれをいただいている」という一言が、強烈に定置網漁を表していると思いました。網を確認してはじめてどれくらい獲れているのかがわかる、何も獲れていないかもしれない、人間のコントロールの及ばない漁なんです。人間もあくまで自然に生かされている存在だな、というのを痛感しますよね。
稲作文化からわら縄や自然素材を使って漁業に移っていった歴史があり、やウキには全て自然素材を使っています。漁網は3ヵ月もするとダメになるのでそのまま海に沈めて魚礁になって海に還ります。最近の言葉でいうと完璧なサーキュラーエコノミーなんですね。400年以上前から、ずっとサスティナブルな方法は自分たちの足元にあったことを人間は忘れている。それに気づいて欲しいと思っています。

定置網を上空から見た様子 ©︎富山県氷見市

定置網漁の様子。定置網は大きいもので600m以上にも及ぶ ©︎富山県氷見市

定置網漁の様子。定置網は大きいもので600m以上にも及ぶ
©︎富山県氷見市

———漁獲量が読めない、多く見込めないとなると課題もありそうです。

海底の環境や潮流によるので、全ての海で定置網漁はできるわけではないです。場所も選ぶし当然効率も悪い。漁師さんからすると、好んでやろうと思わない漁法かもしれません
ただ、ごっそり獲る他の漁法は、港に帰ってくるまで網の中で長い間おしくらまんじゅうになって魚体が痛むんですよね。一方で定置網漁は海の沖のすぐ近くに網があって、引き揚げてすぐに漁船の氷水につけて締めるので、魚体のクオリティが高く保てるというメリットがあります。
漁法の差別化による魚の高付加価値化です。氷見だと「ひみ寒ぶり」が有名ですね。いいものにはお金がかかるというのは当然の話なので、僕は全然値段が高いのはいいと思っています。実感として、ようやく世の中もそっちに目が向いてきているのかな、とは思っています。
定置網の網起こしの体験を観光資源にする流れもあったり、今のサスティナブルな文脈に乗っているので、無くなることはないと思いますし、これから緩やかに増えてくる
かもしれません。400年以上やっていることですから、世の中が追いついてきた、というよりは世の中がまたそこに戻ってきた、となればいいと思います。

市場に並ぶひみ寒ぶり ©︎富山県氷見市

市場に並ぶひみ寒ぶり
©︎富山県氷見市

———定置網の循環構造と、持続可能性は他の分野にも援用できる考え方ですね。

人間はスピードを上げすぎたんです。自然の流れの中に人間がそのまま生かされている、というのは素敵だなと思います。漁業に限らず、日本の培ってきた持続可能性を持った自然産業は、世界の問題を解決する糸口になると思っています。日本の100年くらい前のライフスタイルを今のアフリカなどに持ち込めば、電力機械に依存するよりも、より持続的に食糧問題に対応できるのではないかと考えていて。僕らの仲間も今アフリカで米作りをしていますが、馬耕という馬に田畑を耕してもらう伝統農法をそこに取り入れる実践をしています。2022年に京都芸術大学で開催したTEDxKUAでは、国内外で馬耕の実践をしている岩間敬さんを招聘しました。

TEDxKUAより。ヨーロッパで存在感をもつ岩間敬さん

TEDxKUAより。馬搬技術においてヨーロッパで存在感をもつ岩間敬さん

———TEDxKUA「冒険と実験」のお話が出ましたが、第1回開催の手応えはいかがでしたか。

初めてにも関わらず、学生たちは良く実現してくれました。TEDxKUAでは、ちょうど京都芸術大学が30周年ということで、ここから新しい「冒険と実験」をしていってほしいというメッセージを込めました。京都にゆかりのある方を中心にスピーカー6名と、ザックからもビデオメッセージを貰いました。 ただ、「TEDって何?」という学生も多く、まだまだTEDというものを知ってもらうことからスタートかなという感触ではありました。昨年に引き続き2023年にも開催を控えていて、まだまだ調整中なのですが、今年は「進化とプログレス」をテーマに考えています。
TEDはトークだけを聞いて終わるものでもなくて、その場でいろんな人が出会って、話が盛り上がる中で新たなものが生まれるイベントです。講演を聞いて、いい話だったなぁというところで終わって行動しない人がほとんどなのですが、いかに自分の生活に応用、実行して社会にインパクトを与えていくかが大事。TEDxKUAはそういう場を目指してのチャレンジですね。

デザインしたハイヒールをレディー・ガガさんにも採用された串野真也さんは京都芸術デザイン専門学校の卒業生

デザインした靴をレディー・ガガさんにも採用された串野真也さんは京都芸術デザイン専門学校の卒業生

TEDxKUA「挑戦と冒険」。前列はスピーカーの皆さん。後列は2022年の学生スタッフ

TEDxKUA「冒険と実験」。前列はスピーカーの皆さん。後方は2022年の学生スタッフ

京都で開催された2022年度人工知能学会全国大会で企画セッションにて同僚の石鍋大輔先生と共に登壇。 テーマは「推しキャラをパーソナルナビゲーターにした高齢者見守りサポートと若者の恋愛相談」

京都で開催された「2022年度 人工知能学会全国大会」では、企画セッションにて同僚の石鍋大輔先生と共に登壇。テーマは「推しキャラをパーソナルナビゲーターにした高齢者見守りサポートと若者の恋愛相談」

———川向さんのこれまでの活動は非常に多岐にわたりますが、そのなかでも介護や医療、ヘルスケアの問題をテクノロジーとかけあわせて解決を図る、というのはひとつの大きな柱だと思います。川向さんの2023年現在着目しているテーマを教えていただけますか。

「テクノロジーとエイジング」ですね。僕も今年で56歳になったのでそろそろ高齢化が視野に入ってくるわけですが、今世界的なメインストリームとして「エイジング」という考え方がありまして。まだまだ日本では聞きなれない言葉ですけど、いかにテクノロジーの力で健康に年老いていくか、という考え方です。
日本はテクノロジーを使ってどう治療や介護をしていくか、と身体が悪くなった後から先にしか目を向けていないんですけど、世界はそこに至るまでを今一生懸命考えている。日本では、介護職が足りないから東南アジアから安い労働力を連れてこようか、という昔ながらの考え方です。そうではなくて、テクノロジーによってどれだけ自立した高齢者を増やすかの視点がこれからは必要だと思います。
日本では、一般的に医療という言葉を聞くと、医術、介護、ヘルスケアなどの分野がまとまってイメージされると思いますが、厳密には違うんです。患者(や病気になるという前提)から人を見てるのと、健康な人から見るのとではベクトルが全く逆になるんですね。
医師からだけ見たサービスのあり方よりも、より多くのレイヤーの関係する医療従事者で考えていくことが大事だと思います。
在宅医療、在宅介護が多くなっていくこれからは、医師だけでなく、介護士さん、ヘルパーさん、ケアマネさん、地元の人たち、元気な人たちまでを巻き込んでいく必要がある。また、西洋医学と東洋医学、両方の視点が大切です。それが2017年に、IoTのセンサー技術を用いた高齢者の見守りサービスに取り組んだ時の、僕の一番大きな気づきですね。

千葉大講義スライド

消費者が、ある商品やサービスを購入する消費行動で、そのサービスを受ける前後にもいろんなステージがあるのと一緒で、人が治療を受ける時に医師に診てもらう前後でも多くのステージがあるんです。この一連の行動を見える化する表のことを、一般消費者の場合はカスタマー・ジャーニー・マップと呼びますが、医療、ヘルスケアの分野では、ペイシェント・ジャーニー・マップと呼びます。
これからはより、提供者側中心ではなくて患者中心のサービスデザインが必要になってきます。患者さんを中心にしたマッピング、ペイシェントジャーニーマップを作りながら今日の医療にどんな課題があるかを見える化し、見えてきた課題をいかに解決出来るか。医師だけでなく、幅広い医療従事者や違う立場の医療従事者や事務の方々までが一緒になって考える、人間中心のデザインです。去年から東京医科歯科大学デジタルヘルス人材育成プログラムや千葉大学メディカルイノベーション戦略プログラムでデザイン思考やプロトタイピングを教えながら幅広い層の方々とペイシェント・ジャーニー・マップ作りに取り組んできました。カスタマー・ジャーニー・マップ(医療・ヘルスケア向けにはペイシェント・ジャーニー・マップ)をWebサイトで簡単に作ることができるサービスを提供する、シリコンバレーの企業と日本のスタートアップをうまくマッチングさせながら日本に展開していこうと考えています。

———TEDxのように多くの人と協業しながらイベントを立ち上げたいと思っている人、自らの学びをどう社会に接続すればいいのか迷っている学生などへ向けてアドバイスはありますでしょうか。

主催者として何かをやるなら、協力者に共感してもらう必要があるので、自分がこれをやりたいという熱量をどれだけ伝えるパワーを持ち続けられるのかだと思います。
学生さんに言いたいのは、アンテナを常に高く持って、色々な場所に顔を出して好奇心旺盛に学んでいくと、ある日バラバラのものが繋がる時が来るということです。コネクティングドットという言葉がありますが、ある日突然点が線のように繋がる。頭の中に漠然とあることに今すぐ芽が出るのか、5年後に出るのかは分からないですけど、その人の好きなこと、得意なことを追求する一方で、今まで行かなかった場所、会わなかった人、やらなかったことにも接続していけばいいと思います。
僕は渡米したのが24歳からなんですけど、向こうでは好きなことは何でもやっていいんだと思えました。日本の社会の型にはまらないことをバッシングをされたら、そこはスルー力です。今の世の中は全ての人に好きになってもらう、満足してもらうなんてあり得ないので、自分のやりたいことはどんどんやればいいし、嫌なことはスルーしていけばいい。嫌なことを引きずるとネガティブな方に引っ張られていくので、好きなことを勇気を出してやってみることからです。自分の気持ちに素直に忠実に、ワクワクするところへ従っていって欲しいなと思います。

取材・文 辻 諒平
2023.05.16 オンライン通話にてインタビュー

MasaBuri
川向正明(かわむかい・まさあき)

米国リベラルアーツ大学卒業、経営学修士(MBA,Finance)。
会計学准講師、大手会計事務所、シリコンバレーの指紋認証ベンチャー勤務の後2003年帰国。
帰国後コーポレートブランディング会社を創業後、外資系投資ファンド(ホテルマネジメント部門)や、外資系高級ホテルのファイナンスディレクターを歴任。
自然環境の中で育児のため北陸へIターン。
2019年から2022年度まで京都芸術大学キャラクターデザイン学科で准教授。
現在は産学公連携プロデューサーとしてさまざまなプロジェクトを仕掛ける。
芸術教養センターでもデザイン入門(UIUX)、異文化コミュニケーション、地域文化論(地方創生とカスタマー・ジャーニー・マップ)などを受け持つ。
昨年は複数の医科大学のイノベーション人材育成講座で講師もつとめ、カスタマー・ジャーニー・マップを使って医療従事者やシステム開発エンジニアにデザイン思考、UIUX、ラピッドプロトタイピングを指導。またフランスの芸大(インド校)に招聘され、日本の歴史や神話をもとにワークショップを行った。
エクスペリエンスデザインのプロフェッショナルであり、リべラルアーツをベースにしたデザインイノベーター。
HAPPY PROJECT LLC, CXO(Chief Experience Officer)
株式会社トータル・エンゲージメント・グループ、UXPressia(カスタマー・ジャーニー・マップ)担当コンサルタント
株式会社自然産業研究所シニアフェロー

https://linktr.ee/Masa_D


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。