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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#119

靴は、人を想う彫刻になる
― 串野真也

(2022.10.09公開)

その靴は大きな翼を持ち、ヒール部分は時に羊の角や、鳥の脚の形態をとる。国内外で数多くの独創的な作品を発表し続けるシューズデザイナー/アーティスト・串野真也さん。
手がけた靴は世界的なアーティストの足元を飾り、若冲筆の《雪梅雄鶏図》をテーマにした作品《Bird Witched》はイギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に収蔵されるなど、ポップカルチャーからアートの文脈まで、横断的に評価をされている。
これまで、動植物が地球や宇宙の摂理のなかで辿り着いた姿形を「ファイナルデザイン」と称し、そこからインスピレーションを受けた作品を最先端技術や伝統技術などを駆使して制作してきた串野さん。だが、近年はその表現に少しずつ変化が見受けられる。彼が作品を通して伝えようとする、その思いに迫った。

——— 串野さんの作品には、生物のパーツが盛り込まれていることが多いですが、生物の進化の最終形態に美を見出す「ファイナルデザイン」の考え方は、靴づくりを続けるなか培われてきたのでしょうか。

一番の影響は、幼少期の体験だと思います。僕は広島県因島という田舎に生まれ育ち、幼少期はずっと自然に囲まれた環境で育ったんです。人の手ではコントロールできないような、大小さまざまな自然の美しさが身近にありました。改めて、これまでの制作活動を振り返ってみても、当時の体験が大きく起因しているように感じますね。

《Bird Witched》2014 伊藤若冲の鶏の絵が織り込まれた西陣織の生地は、若冲の出自が錦市場であることから着想された。ワニ革や鳥の羽、真鍮など様々な異素材で構築されている。実際に履いて歩行が可能

《Bird Witched》2014
伊藤若冲の鶏の絵が織り込まれた西陣織の生地は、若冲の出自が錦市場であることから着想された。ワニ革や鳥の羽、真鍮など様々な異素材で構築されている。実際に履いて歩行が可能

——— これまでの活動を振り返り、ターニングポイントとなったトピックをご紹介ください。

まずひとつは、「JLIA LEATHER GOODS DESIGN AWARD 2007」(現ジャパンレザーアワード)で羊の靴《Aries(おひつじ座)》を出品し、グランプリをいただいたことです。
僕は学生時代からファッションデザインに取り組み、卒業後はさまざまなコンペに応募してきたのですが思うような結果に結びつかず、身の振り方を悩んでいた時期がありました。
そんななか、デザイナー・三原康弘さんが審査員長を務めるコンペの存在を知り、靴の作品で挑戦することにしたんです。それまでいた洋服の世界から、靴作りへシフトすることに葛藤はありましたが、三原さんに作品を見ていただけたらと思い、挑戦しました。

《Aries(おひつじ座)》2007 串野さんが初めて手がけた、おひつじ座をテーマにした靴。羊毛と牛革のコンビネーション

《Aries(おひつじ座)》2007
串野さんが初めて手がけた、おひつじ座をテーマにした靴。羊毛と牛革のコンビネーション

その次に大きなきっかけが、ファッションブランド・SOMARTA(ソマルタ)とのコラボレーションで、東京コレクションに自分の作品を使っていただきました。自分自身が大好きなブランドからオファーをいただけたことは大きな自信になりましたし、注目度の高い場での作品発表がきっかけとなってメディア露出に拍車がかかったことは、インパクトがありました。

《Chimera》2010 SOMARTAとのコラボレーション作品。様々な動物の素材やモチーフで構成されたこの靴は、最後に人が足を通すことでひとつの生命の塊、「キメラ」となる。レディー・ガガ氏が2013年のアルバム「ARTPOP」のフィルムで着用

《Chimera》2010
SOMARTAとのコラボレーション作品。様々な動物の素材やモチーフで構成されたこの靴は、最後に人が足を通すことでひとつの生命の塊、「キメラ」となる。レディー・ガガ氏が2013年のアルバム「ARTPOP」のフィルムで着用

そしてみっつめが、アーティスト・レディー・ガガさんに僕の作品を着用いただいたことですね。当時、彼女の初来日を機にスタイリストの方がSNSで日本のデザイナーに向けて着用作品の募集を呼びかけていたんです。その時は叶いませんでしたが、その後もスタイリストの方とのコミュニケーションは続き、2年近く経った頃に実現しました。実際のところ、僕はレディー・ガガさんと直接やりとりをしていたわけでもなく、彼女が僕の作品を着用したかどうかはメディアを介して初めて知るんです。でも、その影響力の大きさは身をもって体験しました。

——— もともとは靴ではなく、洋服の勉強をされていたんですね。

そうなんです、京都芸術デザイン専門学校でファッションデザインを学びました。在学中は朝から晩まで、毎日洋服づくりにのめり込んでいましたね。2年間の学生生活はクラスメイトや先生方にも恵まれ、ファッションに対する熱い議論もたくさん交わすことができた非常に充実した時間でした。卒業後はイタリアに留学しましたが、制作にはこの時の方が圧倒的に取り組んでいましたね。
また、神社仏閣や伝統工芸など、日本を象徴する文化が数多くあるのが京都の特徴です。学生生活をそんな場所で過ごせたことは、自分の制作活動を振り返ると大いに活きているように感じます。

——— 洋服から靴の制作へと方向転換されたことも踏まえ、串野さんが感じる靴の魅力を教えてください。

「着用しなくても、その形が維持できる」すごく彫刻的である点です。洋服は人が着て初めて形が完成されますが、靴はファッションアイテムの中でも独立した存在で、そこに大きな可能性を感じます。彫刻のようですが、もちろん履くことも、歩くこともできる。
僕自身、昔からコーディネートを考えたデザインよりも、一点に迫った作り込みが得意だったこともあり、一点で完結する靴というモチーフは自分に合っている気がします。

——— 2022年に開催された個展「忘却の旅人 – 人間讃花」は、これまでとは異なるテーマ設定や制作スタンスで挑まれたと伺いました。新作では、これまでのような華美な装飾は排除され、よりプリミティブな彫刻作品のように感じました。

この展覧会では、靴を花器に見立てて、人の歩みを花の姿で表現しました。
花の一生は、芽生えてから成長して蕾ができ、綺麗な花を咲かせ、そして枯れていく。その過程を美しく感じると同時に、人間の死生観と重なりました。そのイメージを展覧会タイトルに据え、「讃花」としました。
また、「人間」と「靴」の関係性と、「花」と「花器」のそれが少し近いようにも感じられ、靴に花を生けるような作品制作へと至りました。

忘却の旅人

「忘却の旅人 - 人間讃花」展 2022年4月30日~6月25日 清昌堂やました THE ROOM

「忘却の旅人 – 人間讃花」展
2022年4月30日~6月25日
清昌堂やました THE ROOM

——— もうひとつのキーワード、「忘却の旅人」という言葉にはどのような思いが込められているのでしょうか。

人の死との向き合い方について思い巡らした末、辿り着いた言葉です。
身近な人が亡くなったとき、その方との思い出がたくさん蘇ると思います。いろいろな記憶があって、そのどれもが大切だから忘れたくない。その一方で、それをずっと抱えて過ごすのって辛いですよね……。
そんなジレンマに対して、もしかしたら忘れること自体は悪いことではないんじゃないかと捉えるようになりました。普段は自分のなかに収まっている記憶が、日常のなかのふとしたことがきっかけで呼び起こされ、亡くなった方との思い出が蘇る。その瞬間に、自分は一歩前へと足を踏み出すことができるのかもしれない。
この前進が「生きる」っていう要素のひとつなのかなと思ったんです。僕たちは、忘れながら旅人のように時間を彷徨っていく生き物なんだろうと。そんな思いから、「忘却の旅人 – 人間讃花」というタイトルを付けました。

《止まない通り雨》2022

《止まない通り雨》2022

《心の中をうめる何か》2022

《心の中をうめる何か》2022

——— メッセージを作品に昇華するにあたり、制作面ではどのような変化があったのでしょうか。

いくつかあり、まずは自分の武器でありアイデンティティでもあった高級品・貴重品といわれる動物のパーツを、作品の素材として使用しなかったことです。理由としては、近年徐々に国際取引の規制が厳しくなり、作品に用いることで発表の機会自体が失われてしまう懸念点があります。同時に、動物の命を自分の作品に使用することを避けたいと思うようになったことも大きいです。
また、ファッション産業に対するアンチテーゼを今回はより意識しました。現代では大量生産・価格競争が進み、誰もが低価格で気軽にファッションを手にすることができる消費社会となっています。ですが、その裏側では劣悪な生産環境や、労働条件で大変な思いをしている人も多く存在しています。もちろん全てがそうではないのですが、そんなファッション業界に対して一線を画し、僕自身のものづくりは「脱ファッション(行き過ぎたファッションへの反抗)」の姿勢で制作に取り組みました。
自分の感情や思想、事象に対する態度を、作品としてアウトプットしようという意識も大きな変化です。これまでは動植物の装飾的要素に強く魅力を感じてきたので、それをどう取り入れて美しい作品を作るかということに注力してきました。それと比較すると、自分の内側と向き合いながら作品を作っていく点は、ずいぶん変わったと思いますね。

《ふり返りながら》2022

《ふり返りながら》2022

——— 串野さんは個人の活動と並行して、スニーカーブランド「OAO」にデザイナーとして参画されています。

OAOはもともとファッション業界に身を置いていなかった方たちが立ち上げた新しいブランドで、知り合いを介して出会いました。トレンドを量産したり、大きな利益を追求したいという発想ではなく、彼らのアイデンティティや、哲学・思想などの強いメッセージを形にしながら、長く取り組んでいきたいという姿勢に惹かれて協力させていただくことにしました。
ブランドとして表現したいテーマをディスカッションする機会にも携わらせてもらいつつ、現在販売中のスニーカーは僕がデザインしています。デザイン画を共有したのち、チームで議論してスニーカーが完成するまで試作を繰り返します。

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——— OAOのチャレンジと、串野さんのスタンスが重なったんですね。

そうですね。OAOのコンセプトが、アートに近い思想だとも感じました。
OAOは、「現代を生きる人々に身体と精神の双方から素晴らしい体験を提供し、個人の唯一無二(One And Only)のウェルビーイングを実現し、創造性を高める」というブランドフィロソフィーを掲げ、「心身ともに人間らしく、豊かに生きられるように都市生活を支える」プロダクトを開発しています。
いわゆるカルチャーに注目をしているわけではなく、例えば東京という都市の普遍性や歴史を掘り下げ、そして未来を考える。時間軸を丁寧に編成し、プロダクトとして世の中に届けたいという思いに共感を覚えました。その思いを形にするため、先進的なテクノロジーや素材を用いたり、現代の都市生活に合致する快適性を追求しながらデザインに落とし込んでいます。

OAO「THE CURVE1」 曲線的なアッパーのデザインは、建築家・Zaha Hadid氏の作風からインスパイアされた。アッパーのレザーには、食肉用として廃棄される牛皮を使用

OAO「THE CURVE1」
曲線的なアッパーのデザインは、建築家・Zaha Hadid氏による新国立競技場案からインスパイアされた。水の使用量を抑えながら作られるサステナブルレザーを採用したモデル

OAO「SUNLIGHT」 彫刻家・イサム・ノグチ氏の照明作品「AKARI」をテーマにしたコレクション。竹ひごの曲線や和紙の温かみと呼応するようにデザインされた

OAO「SUNLIGHT」
彫刻家・イサム・ノグチ氏の照明作品「AKARI」をテーマに、竹ひごの曲線や和紙の温かみと呼応するようにデザインされた

僕はデザイナーとしての仕事、アーティストとしての活動、その両方に取り組みながら、個人的な肩書きとしてはどちらでもいいなと思う反面、その二者の性質は大きく違うと認識しています。デザインをする際にはターゲットを意識して、「履き心地」「歩きやすい」などの実用性を考えることが重要になってきます。一方の個人活動では、着用者のことはあまり考えていなくて、どちらかというと自分の中にある美しさを表現することが中心です。
内容によってその立ち位置は変わりますが、いずれにしても僕が大切にしている考え方を表現できることが重要なんです。

——— 最後に、今後予定されている活動についてもお聞かせください。

ある民間企業の都市開発プロジェクトに参加し、制作場所として新しい拠点を持てることになっています。これまではミシンや革漉き機、工具、テーブルなどがあれば事足りていたんですが、自分の作品形態もだんだんと変化してきたので、陶器や鉄素材を扱えたり、重機を設置可能なアトリエを京都市内に構える予定です。
作品発表の機会としては、国外ではヨーロッパやオーストラリアでの展示、国内では東京での展示に、京都府内でのアートプロジェクトへの参加などが組まれています。
新たな活動やプロジェクトに参加する際には、内容やタイミングはもちろんですが、自分の感覚を一番大きな判断軸にしています。利害打算に依らず、自分が長く活動していくうえで、そのお誘いに携わることが必要かどうかをいつも考えるようにしていますね。振り返ると、今までは世界を大きく広げてきた自分の活動だったんですが、これからは少しずつ狭めて集約していけたらとも思っています。

取材・文 鈴木 廉
2022.07.28 オンライン通話にてインタビュー

09_プロフィール

串野真也(くしの・まさや)

広島県尾道市因島出身。京都芸術デザイン専門学校を卒業後、イタリアに留学。“Instituto MARANGONI”ミラノ校、ファッションデザインマスターコースにてディプロマを取得。帰国後、自然からインスピレーションを受け、ファイナルデザインをテーマにした靴の作品を最先端技術や伝統技術などを駆使して製作し、世界に向けて発表している。現在は、バイオテクノロジーなど科学技術を取り入れたアート作品なども積極的に取り組んでいる。2016年、京都府文化賞奨励賞受賞。作品は、イギリスの国立博物館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、NYのFashion Institute of Technology 美術館に永久保存されている。また、現代アーティストのスプツニ子!とのアートユニットAnother Farmとしても活動しており、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館やCooper-Hewitt National Design Museum、森美術館などグローバルに作品を発表している。
Instagram @kushinomasaya


鈴木 廉(すずき・れん)

美術大学でアートマネージメントを専攻し、学芸員資格を取得。2021年よりフリーランスのコミュニティマネージャーとして活動中。