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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#118

10年後のスタンダードを見据えて変わり者であり続ける
― 進藤 強

(2022.09.11公開)

一級建築士事務所ビーフンデザインの代表を務める進藤強さん。オランダの建築メディア・archelloが選ぶ「東京の建築事務所ベスト25」に、隈研吾氏や坂茂氏の建築事務所と並び選出されるなど海外からも注目を集める建築家である。進藤さんは賃貸併用住宅と呼ばれる自宅と賃貸住居部分が共存する共同住宅を数多く手掛けられ、住宅に不向きな立地においてもアイデアとユーモアで建築の価値を上げていくのが進藤流の極意である。ご自身を変態や変人と称している進藤さんだが、「10年後のスタンダードを見据えて仕事することが大切」と語るとおり、次のスタンダードを見据えて設計された建築は、デザインと機能の双方で古さを一切感じさせない。そんな進藤さんにこれまでの軌跡とこれからについて語っていただいた。

工夫が凝らされた物件の数々は、個性的な物件を紹介するYouTubeチャンネル「ゆっくり不動産」でも数多く取り上げられている。深沢の住宅は、入居者のライフサイクルに合わせ竣工後もフレキシブルに空間構造を変えられることが評価され、2021年グッドデザイン賞を受賞した 写真:平井広行

深沢の住宅。工夫が凝らされた物件の数々は、個性的な物件を紹介するYouTubeチャンネル「ゆっくり不動産」でも数多く取り上げられている。深沢の住宅は、入居者のライフサイクルに合わせ竣工後もフレキシブルに空間構造を変えられることが評価され、2021年グッドデザイン賞を受賞した
写真:平井広行

———賃貸併用住宅を着目されるようになったきっかけを教えてください。

賃貸併用住宅の存在を知ったのは、ほんとに私的なことがきっかけで、2005年に代々木公園に程近い立地にある当時築23年の3階建ての物件をローンで購入したんですね。ただ、1階部分は当初オフィスとしてリノベーションを施したものの、狭すぎて物置になってしまっていたんです。そんな1階を東京R不動産のご紹介で、Little Nap COFFEE STANDというコーヒースタンドにテナントとして貸すことになりまして、そこで初めてテナントの収入で家のローンが賄えることに気づいたんですね。正直びっくりしましたよ。建築家にとって建物は設計料という形で報酬を得ることしか知らなかったので(笑)。そうした個人的な体験もあって、お客さんにも賃貸併用住宅を提案する機会が増えていきました。

SMI:RE STAY YOYOGI PARK。進藤さんの自宅と事務所は参宮橋の方に移り、現在は宿泊施設として利用ができる 写真:平井広行

SMI:RE STAY YOYOGI PARK。進藤さんの自宅と事務所は参宮橋の方に移り、現在は宿泊施設として利用ができる
写真:平井広行

———2009年に手掛けられたガリバハウスは、部屋によってスケール感が異なる不思議な建物です。こちらも賃貸併用住宅なんですね。

地元の同級生から依頼を受けて、40平米のユニット7室で構成された賃貸併用住宅を設計しました。設計当初よりオーナーの占有スペースと貸し部屋を区切らずに、オーナーのライフサイクルに合わせて、貸す部屋を臨機応変に変えていけるのが特徴です。オーナーも関西出身なので、今後関西に拠点を移すことがあっても、全室賃貸として貸せるようになっています。依頼を受けた土地は、環境のいい住宅街の立地ではあったのですが、駅から少し離れているのがネックだったので、40平米の賃貸住宅というのもちょっとした戦略があって(笑)。 分譲住宅は大体60平米が多くて、20平米のワンルームは都内にひしめいていますが、40平米は当時殆どなかったんです。40平米あれば2人用や家族3人が暮らすにはちょうど良い広さなので、全員には刺さらないけれど、一定の潜在的なニーズに応えられるような設計を施し、長いスパンで利用者が絶えない賃貸併用住宅を目指して作りました。40平米の賃貸は当時だいぶ不思議がられましたけどね(笑)。建物を設計していく上で大事にしているのは、明日のスタンダードではなく、10年後のスタンダードを見据えて取り組むことです。それが大家さんを始め、入居者さん、ひいては街の活力として還元されていきます。

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ガリバハウス。ガリバー旅行記から名前をなぞらえたこちらの住宅は、天井高1300mmに抑えた部屋が設けられるなど、大人と子供の住み分けが自然と行われるユニークな物件である。竣工から10年以上経た現在も入居者が絶えない 写真:平井広行

ガリバハウス。ガリバー旅行記から名前をなぞらえたこちらの住宅は、天井高1300mmに抑えた部屋が設けられるなど、大人と子供の住み分けが自然と行われるユニークな物件である。竣工から10年以上経た現在も入居者が絶えない
写真:平井広行

———その後も賃貸併用住宅を手掛けていく中で、スマイル不動産と呼ばれる賃貸住宅の紹介サイトを立ち上げました。建築事務所が自社で手掛けた賃貸物件を紹介するなんてあまり聞いたことがないです。

建物の魅力は、その建物を設計した建築家が一番把握しています。それだったら建築家自身が部屋の案内をした方が、建物の魅力をお客さんにダイレクトに伝えられるんじゃないかと思って始めたのがスマイル不動産です。不動産屋を通してだと設計者の思いがなかなか伝わらない現状があって、とくに私たちの手掛けた物件は、下駄箱がなかったり、お風呂がスケルトンだったりするので(笑)、不動産屋の物差しで測ると減点対象になりかねないんです。スマイル不動産だと、工事が始まる土地の段階からブログを随時更新しているので、なぜこのような部屋のレイアウトになったのか丁寧に情報提示できるんです。建物の管理も請け負っているので、水漏れやエアコンが壊れたりしたら僕が駆けつけたりもするんですよ。入居者さんには驚かれますけどね。水漏れで連絡したら、建物の設計者が訪ねてくるので(笑)。
去年(2021年)から宅地建物取引業免許を取得して、本当の不動産屋になりましたので、管理や仲介だけでなく、オーナーと一緒に土地を買うところからお手伝いしたいなというのと、知り合いの建築家を誘って、ビーフンデザイン以外の建物も扱っていきたいなと考えています。

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基礎工事から竣工まで、スマイル不動産では工事のレポートを随時アップしている

基礎工事から竣工まで、スマイル不動産では工事のレポートを随時アップしている

———設計の領域に留まらないんですね。

建築家も不動産知識を持って、マネタイズの仕方を変えていかなきゃならないと思っています。建築家は設計料を報酬として受け取るんですけど、5000万円の費用で建てた賃貸アパートに対して約10%が設計料の相場となり、大体500万円が設計料になるんですね。アパートの設計から竣工まで1年は掛かるので年間で500万円の収入になります。でも、家賃10万円の部屋を案内して入居者さんから仲介手数料を10万円、オーナーさんからサイト掲載の成果報酬10万円もらって、その賃貸アパートが10部屋だとすると総額200万円の収入になるんですね。建築家は建築を作るためにものすごい時間を掛けている。だからこそ建築の価値を建築家に還元する仕組みを作っていかないといけないと思っていて。時間をいくら掛けても限られた対価しかもらえない、給料が安いのが当たり前になっているのは業界的に健全じゃないです。従来とは異なるマネタイズの仕組みを模索するのが、ビーフンデザイン設立の原点でもあるので。

———大学時代から独自のキャリアデザインを思い描かれていたのですか? 京都芸術短期大学(現:京都芸術大学)のランドスケープデザインコースに入学された経緯も聞かせてください。

父親が建設業を営んでいて、兄も設計事務所に勤めていたので、自分もなんとなく建築学科に行くんだろうなと感じていました。子供の頃はプラモデルを作るのが好きで、よく2つのプラモデルを自分なりに合体させたり、穴を開けて豆電球をつけて光らせたり改造するのが好きでしたね(笑)。昔から一から物事を考えるというよりかは、一は作れないけどアレンジを好んでするタイプだったかもしれません。ランドスケープデザインコースに入学したのは、先に建築家として働いていた兄と競合したくないというその当時の思いからでしたね。

第3回新知的生産環境学生コンペに出品した進藤さんの作品。「2025年のオフィス」という課題で、進藤さんは最優秀賞(1等)を受賞した

第3回新知的生産環境学生コンペに出品した進藤さんの作品。「2025年のオフィス」という課題で、進藤さんは最優秀賞(1等)を受賞した

キャリアデザインでいうと、僕が学生の頃ぐらいから、吉本のNSC出身の芸人がお茶の間に登場し始めて、建築界でも弟子にならずデビューできていく環境が整っていけばいいなという思いはありました。オフィス家具メーカー主催の「2025年のオフィス」という建築デザインコンペに参加した際には、建築家がアトリエ棟に住みながら、併設のギャラリー棟で自由に展覧会が開催できてお客さんとマッチングが行えるシェアオフィスと住宅展示場がミックスしたような建築を提案して、最優秀賞をいただき副賞のイタリア旅行をゲットしました(笑)。
アトリエ事務所と呼ばれる小規模の建築事務所は月給10万円とかはザラで、お金を理由に建築家の道を諦めてディベロッパーの道に進んだりする人が当時から多かったんです。僕もパチンコ屋を設計するような会社からアトリエ事務所に勤めたりと色んな職場を経て、その全てが今に繋がる身のある経験だったと思いますが、一方で若手の方には従来の建築家像ではない別の形で建築を続けられるような仕組みができればいいなと思っていて。大学で教鞭をとる機会があればノウハウを伝えたり、若手建築家に向けた独自の取り組みも進めています。

———進藤さんが近年手掛けられた「つながるテラス」シリーズは、空間を貸すだけに留まらず、出来事・体験を貸すことをコンセプトに掲げています。

暮らし×仕事がもっとボーダレスになる社会が到来するんじゃないかと見越して、2017年より「つながるテラス」と称した半店舗アパートの住宅をいくつか手掛けています。半店舗アパートでは、1階のリビング部分を店舗として利用ができるような空間設計にして、平日は勤めに出ている人が、週末や夜に自分の住宅空間を使ってお店を開くことができます。軒先でお店をやって奥で住んでいるような感じなので、昔の商店街と同じ仕組みですね。一から設備投資をしてお店をオープンさせるのは、二の足を踏むんだけど、週末に自分がやりたかったお店をやってみたいと思っている人達は、コロナ禍になってものすごく増えた印象があります。MADO TERRACE DOMA TERRACE2では、コーヒースタンドや焼き菓子、ワインバーに花屋さんなどのお店が軒を連ねて賑わっており、地域のコミュニティスペースとしても機能しています。

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MADO TERRACE DOMA TERRACE 2。もともとは2棟の建物が立っていたが、建物を3棟に分けたことにより、住宅街の歩道を繋ぐ民間の路地が生まれ、その利便性から地域住民の往来も活発になっている 写真:平井広行

MADO TERRACE DOMA TERRACE2。もともとは2棟の建物が立っていたが、建物を3棟に分けたことにより、住宅街の歩道を繋ぐ民間の路地が生まれ、その利便性から地域住民の往来も活発になっている
写真:平井広行

フルリモートになって、出社=出張扱いになる企業も増えてきて、東京一極集中じゃなくて地方に人材が循環する機運が高まってきました。地方には少し手を加えたら魅力的に変わる場所が沢山あって、インバウンド需要が戻れば地方に大きな変化が生まれるかもしれない。それに初めはお店を開くことが前提じゃなくてもいいと思うんです。カーシェアが発達して、戸建てでも使われていない車庫が増えつつあります。そういうスペースを利用して、普段は自分の子供のためにしか作っていなかった手作りのパンやクッキーを週末だけ地域の人に振る舞う。住宅街が商店街化していくようになれば、みんな活き活きと楽しく生きられる。そこに住む人々と建築の力で47都道府県が元気な街になっていければなと。

———これから仕掛けようとしている、もしくは思い描いているビジョンなどはありますか?

事務所があるYOYOGI ANNEXでは若手の建築家や大家さんのスタートアップを応援する「SMI:RE SHARE YOYOGI」を始めています。暮らしながら経営塾を受講でき、弊社とのコラボレーションを行ったり。建築や経営知識も身に付けつつ、人脈を広げつつで、退去後すぐに独り立ちできるような人材になってもらえたなと願って画策していますね。

“住みながら稼ぐ”をコンセプトにNICOICHI制度を導入。NICOICHIは2部屋で1つのセット物件となっており、入居者は1部屋に住みながら、もう1部屋を民泊業等として運用を行い、不動産ビジネスを実践的に学ぶことができる

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“住みながら稼ぐ”をコンセプトにNICOICHI制度を導入。NICOICHIは2部屋で1つのセット物件となっており、入居者は1部屋に住みながら、もう1部屋を民泊業等として運用を行い、不動産ビジネスを実践的に学ぶことができる。入居者が自由に利用できるSMI:RE DINERも併設されている

“住みながら稼ぐ”をコンセプトにNICOICHI制度を導入。NICOICHIは2部屋で1つのセット物件となっており、入居者は1部屋に住みながら、もう1部屋を民泊業等として運用を行い、不動産ビジネスを実践的に学ぶことができる。入居者が自由に利用できるSMI:RE DINERも併設されている

また、僕らは毎回違う建築を手がけていて、建設費用がそれなりに掛かってしまう傾向にあります。家賃を抑えるためにも、今まで作ったものをもうちょっと安価で作れる規格化された住宅の仕組みを作って、住宅の選択肢を増やしていきたいです。ロイヤリティ制度をヒントにして、例えば協力工事会社に図面を渡して、2件目以降の設計料は割引価格でいいよとか。ちょっと変わった賃貸が借りられる文化がもっと広がっていければなと思っています。

取材・文 清水直樹
2022.06.20 YOYOGI ANNEXにてインタビュー

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進藤 強(しんどう・つよし)

株式会社ビーフンデザイン代表 建築家/起業家
1973年兵庫県生まれ、京都芸術短期大学ランドスケープデザインコース卒業後、京都精華大学建築学科編入、卒業。組織事務所やアトリエ事務所勤務(アーキテクトン:米田明に師事)、プロダクトハウス(9坪ハウス、東京ハウス)をてがけるコムデザイン取締役をへて、現在にいたる。ニュー建築設計事務所をめざして、建築家が内見案内、入居者管理する不動産会社SMI:RE 不動産『好きなことを仕事にしようプロジェクト』として日替りおもしろバーSMI:RE DINER (現在4店舗)多くの方に建築の面白さを伝える、おもしろホテルSMI:RE STAY HOTELS など、建築と不動産をとおして、“あったらいいなの暮らしの仕組み” をデザインする会社ビーフンデザインを率いる。グッドデザイン金賞、東京建築賞優秀賞、これからの建築士賞など多数受賞。東京建築士事務所協会、東京建築士会会員。著書に『月々のローン返済を軽くする 賃貸併用住宅』(スタジオタッククリエイティブ)。


清水直樹(しみず・なおき)

美術大学の写真コースを卒業し、求人広告の制作進行や大学事務に従事。現在はフリーランスライターとしてウェブ記事や脚本などを執筆。