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アネモメトリ -風の手帖-

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#85

京都の鍾馗さん
― 京都府京都市

京都の古びた町家を見歩いていると、中屋根に小さな瓦の人形が置いてあることに気づくでしょう。背丈は概ね20センチくらい、剣のようなもの持ち、憤怒の表情で京の空を見上げています。この人形は、「鍾馗(しょうき)さん」と親しみを込めて呼ばれています。
さてこの鐘馗さん、実は中国・唐の時代の実在人物です。
初代・高祖の時代、鍾馗という青年は科挙という試験を受けましたが面接で顔が醜いことを理由に不合格となり、それを恥じて自ら命を絶ってしまいました。これを不憫に思った高祖は彼を手厚く葬ったということです。やがて時代を下って玄宗の時代、重い病で床に臥している帝の夢枕に1匹の小さな鬼が現れ、帝の玉笛と妻・楊貴妃の匂い袋を盗もうとしました。鬼の手が帝にかかろうとした時、どこからともなく髭面の大男が現れてあっという間に鬼を引き裂いて退治してしまったのです。「お前は何者だ?」と問うと、「私は終南山という地に住んでいた鍾馗という者です。皇帝に手厚く葬っていただいたお礼に天下の災いを取り除こうと思います」と答えました(1)。そして帝が夢から覚めると病はすっかり治っていました。その後、帝は夢で見た鍾馗の姿を絵師に描かせて疫病除けや学問の神様として祭るようになったということです。
その鍾馗さんが京都にどのようにして根づいたのでしょうか?
言い伝えによると、昔ある薬屋が大きな家を建てて屋根に鬼瓦を据えました。ところが向かいの家の娘がその鬼に常に睨まれているような気がして夜ごとうなされ、とうとう病気になって寝込んでしまったのです。そこで鬼に勝つものは何か? と考えて、中国の故事に倣って鬼より強い鐘馗さんを屋根に置くことにしました。すると娘の病はすっかり回復したということで、これが屋根に鍾馗さんを置く由縁のようです。
今では鍾馗さんを置く風習は減少の一途ですが、それでも京都市内には3000体をくだらない鍾馗さんが現存していると言われています。特に清水や西陣界隈ではたくさん立ち並んでいて、新築のマンションにもさりげなく置かれていたりします。
鍾馗さんも一体一体違っていて、いろんな姿を探して歩くのも京めぐりの醍醐味のひとつでしょう。

(1)出典:いわき絵のぼり吉田

(有田若彦)

光本瓦店有限会社
http://roofmits.net/syouki_index.html

若宮八幡宮社
http://wakamiya-hachimangu.jp/about/smallshrine/shoki/

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