目の前には雄大な由布岳がそびえ立ち、キリリと冷たい空気と穏やかな時間が流れる湯布院。鳥のさえずりが聞こえる静かな山中に「ゆふいん文学の森」はあります。
「ゆふいん文学の森」は、かつて太宰治が暮らしていた東京都杉並区荻窪のアパート・「碧雲荘」を移築した、本を読むためだけに存在する不思議な場所です。
軋む階段を上ると太宰治の作品名がついた5つの部屋。そこは、かつて太宰治が住んだ部屋もあり、来館者のための読書部屋でもあります。青空に包まれた庭には由布岳に向かって椅子が並べられており、もちろんここも読書をするための場所です。
壁に建てられた書棚には、太宰治に関連する本や資料、昭和初期の文学全集などの古書が並び、本の持ち込みも自由。また、自分が読み終えた本とだれかが読み終えた本を交換する「輪廻転読」というユニークな試みも行っています。
やわらかな光が注ぐ窓際で、入館時にお願いしておいたコーヒーとお茶菓子をいただきながら読書する。ゆっくりと本を読むことがこんなにも贅沢な時間だったことを改めて実感します。
ここで働く前畑文隆さんは、ここを「本を読む時間をつくる場所」と表現します。
町から書店が無くなり、スマートフォンの普及によって、本を読む時間が奪われている昨今、この場所は太宰治の資料館ではなく「本を中心とした交流施設」にしたかったと語ります。そしていつかは、かつての太宰治のように作家が執筆する場所でもあり、読書好きが集う、そんな場所になって欲しい、と笑顔で続けます。
ここに来ると、畳の上でごろんと寝そべり、夢中で本を読んでいた子供の頃の記憶が甦ってきます。毎日時間に追われて過ごしていた私にとって、いつの間にか読書は、知らない世界に導いてくれるワクワクする時間ではなく、暇つぶしのための手段になっていた事に気付かされ、愕然とするのです。
「本を読む時間をつくる場所」に行ってみませんか。湯布院まで足を延ばせなくても、今みなさんのいる場所が「本を読む時間をつくる場所」になるはずです。
(月田尚子)
ゆふいん文学の森
http://bungaku-mori.jp