大西洋から吹く強い風から作物を守るために積み上げられた石の壁が続くアラン諸島。かつて漁業で栄えたこの土地は、現在アイルランドでも有数の観光地として賑わっています。日常的にアイルランド語が飛び交うこのエリアは、アランニットの発祥地でもあります。
アランニットが世界的に知られるようになったのは1950年代。アメリカのVogue誌に取り上げられたのがきっかけです。デザイン性だけでなく機能的にも優れているアランニットは、世界に広がった今も、その伝統を崩すことなく変わらぬ姿を保ち続けています。
その起源については諸説ありますが、伝統的なアランニットの柄と全く同じものが『ケルズの書』(8世紀に書かれた聖書の手写本。アイルランドの国宝)にも見られることから、その歴史は私たちが想像するよりもずっと長いと考えられます。アランニットが、これほど長い間人々に愛されているのはなぜでしょうか?
アランニットは天然の羊毛脂が残る状態で編まれるので防水性がとても高く、冬の厳しい気候の中で漁に出る男たちにとって必需品と言えるものでした。しかし、アランニットにはこういった機能面だけでなく、そのデザインにも秘密があります。
アランニットにはいくつか決まった柄があり、それぞれに意味があります。例えばダイアモンドの柄は「繁栄」、ジグザグ模様は「愛」、蜂の巣柄は働き蜂を連想させることから「働き者」「仕事」の意味。網模様は魚が網にかかることになぞらえて「幸運」、格子柄はバスケットが魚でいっぱいになるようにという意味で「成功」などです。
更にこれらの柄を組み合わせて、家ごとに独自のデザインを持っているのもアランニットの特徴です。大漁祈願などの願掛けの意味ももちろんありますが、一番の理由は漁師が海で亡くなった時、着ているセーターのデザインでどの家の者かが分かるようにするため、と言われています。アラン諸島の女性は、夫や息子の漁の無事を祈りながらこのセーターを編んだのでしょう。
アランニットに袖を通すとほっこりとした暖かさを感じます。これはきっと家族を想う人々の気持ちがそこに編まれているからでしょう。
(佐谷由希子)