長崎県島原市。この街を歩いていると湧水が流れ、溢れる音がずっと聞こえます。島原駅、島原城、その背後には雄大な雲仙普賢岳があります。武家屋敷が残る場所にはまっすぐな遊歩道があり、道の真ん中にある小さな川には透き通った湧水が絶えず流れています。商店街の中にも湧水はみられます。耳を澄ませばどこにいても水の音に出会える街です。
南島原駅から300メートルほど離れたところ、ガイドブックでは確かにこの辺りのはずなのに「こんなところにお店はあるのかな」と不安になります。第一駐車場に車を停めたにも関わらず、目的のお店は見えません。民家の間にある細い道を小さな看板だけを頼りに進んで行くと、“ようこそ”という表情で「浜の川湧水」が待ち構えていてくれました。食料品を洗うところ、洗濯物を洗うところ、といった風に4区画に分けられた、湧水を使った洗い場です。皆がお互いにルールを守り、湧水を大事に丁寧に、そして贅沢に使う宝物のような場所となっているようです。
そのとなりにあるお店「銀水」には、島原の郷土料理「かんざらし」があります。直径1cm程のやわらかい白玉だんごは、年中温度が変わらない湧水のなかで心地良く冷やされています。砂糖やはちみつで味付けされたシロップに、その白玉だんごがぷかぷか泳いでやって来ました。懐かしさのある風味と、さっぱりとした後味の中に“優しさ”を感じるおやつです。
大正4年に入江ギンさんが始めたこのお店を、昭和30年に田中ハツヨシさんが引き継ぎ、平成9年頃まで多くのファンでにぎわっていたそうですが一度閉店となったそうです。20年の時が経ち、この味を復活させるべく平成28年に島原市地域おこし協力隊の力を得て銀水は戻ってきたそうです。一口食べただけで“優しさ”が伝わるかんざらし。復活の意味は誰もが納得の一品です。
お店の玄関に入ると、水色の長い炊事場に思わず目を奪われます。湧水がある生活がここにはあります。夏の暑い日には湧水の優しい音が心を静めてくれ、冬の寒い日には15度に保たれた湧水が手を温めてくれるそうです。
(出口聡子)