普段は街のそこかしこから真っ白な湯けむりが立ち上り、まさに温泉が街の中心である別府でも、1年にたった1時間だけ“炎”が主役になる時があります。別府の街を見守っている「扇山」が舞台です。
別府市の春の年中行事に「別府温泉まつり」があります。別府の宝である温泉に感謝するお祭りです。昭和6年頃から始まり今年で103回目を迎えました。自然の恵みである温泉に感謝、そして温泉を楽しみに来てくれる人々に感謝、そこで生まれる出会いに感謝する4日間です。祭りの期間中は八十八湯の無料開放や湯ぶっかけまつり等の恒例企画もあります。なかでも、夜の名物アトラクションとなっている「扇山火まつり」は、おのおのの場所からそれぞれの角度で炎のショーを楽しむことができる壮大な舞台となっています。
今年の炎の舞台は4月3日、午後6時半から始まりました。別府温泉の総鎮守である八幡朝見神社で採火された御神火が扇山に灯されます。その名の通り扇形になっている山の麓に向かって、みるみるうちに炎が伸びていき、静まった暗闇のなかにくっきりとオレンジ色の歪なラインが浮かび上がります。
京都五山送り火のように特別な意味のある炎ではないけれど、揺れ動く炎を見ていると、ここにも“意味”があるように思えてしまいます。いつもは人気のない湯けむり展望台にも、この日だけは夜になると沢山の人が集まり、まっすぐ炎の舞台をみつめています。NHKで放送された、「21世紀に残したい日本の風景100選」では全国第2位に選ばれたこの別府湯けむりの眺望が、この1時間だけは幻想的な炎のショーに変わります。
炎はあっという間に燃え上がり、そして沈下していきます。この炎をみているとなぜか気持ちが強く前向きになります。炎と共に燃え上がった情熱と沈下したあとの静寂さが胸に残りつつ。そして、この火まつりが終わると、別府の街にいよいよ春がやって来ます。
(出口聡子)