アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

TOP >>  風信帖
このページをシェア Twitter facebook
#33

非日常に広がる現実の物語
― 神奈川県横浜市

「ギブミーチョコレート!」
そう声をかけて、サングラスをかけた秘密結社のメンバーから茶色の封筒を受け取ると、そこには銀紙に包まれたチョコレートと次に会うべき人の居場所と合言葉。メンバーに会うたびに異なる指示書を受けとりながら町を歩き回ると、最後には楽園に辿り着く。この奇妙でワクワクする物語は、演劇集団「ペピン結構設計」によるアートプロジェクトの一幕です。
このプロジェクトが行われたのは、神奈川県横浜市中区の南東部に位置する本牧。戦後、アメリカ軍に接収された歴史を持つ町です。敷き詰められた芝生と、アメリカンハウスが建ち並ぶフェンスで囲まれたこの場所は「フェンスの向こうのアメリカ」と呼ばれ、周辺住民から憧れのまなざしで眺められていました。1982年に土地は返還されましたが、現在もアメリカ文化の名残りを感じとることが出来ます。
プロジェクトを企画した石神夏希さんは「ペピン結構設計」を中心に劇作家として活動し、全国の商店街やまちなかで演劇作品を発表しています。
彼女は場所にある物語が好きだと言います。目に見えているものだけじゃない、本当はもっと広い世界がある。そして、そこにはひとりひとりが存在している意味があるはず。だから、それぞれが自分自身の物語を見つけ出し語りなおす楽しさを演劇で実感してもらいたいと話します。
指示書を片手に、マンションのエントランスをくぐりドアの隙間からメンバーと合言葉を交わし、商店街にある小さな酒屋で常連達の思い出話に耳を傾け、休日の中学校の教室でジャージを着た男子学生に混ざり絵本を眺めます。すると何度か訪れたことがある本牧の町も、いつもと異なる表情を見せはじめます。演劇作品に参加しているはずなのに、ふらりと見知らぬ町に迷い込んだような錯覚。それは「誰が演者で誰が通りすがりの人なのか」さえも分からなくなる感覚をもたらします。
語り部たちが作り上げる、非日常と現実が交錯する不思議な物語を皆さんも体験してみてはいかがでしょうか。

本牧アートプロジェクト
http://honmoku-art.jp/2016/

ペピン結構設計
http://www.pepin.jp/top.html

(月田尚子)

指示書に従い本牧の町を歩き回ります。 Photo:菅原康太

指示書に従い本牧の町を歩き回ります。
Photo:菅原康太

本牧の町並み。 Photo:菅原康太

本牧の町並み。
Photo:菅原康太