日本に訪れるクルーズ船が最も多く寄港している港はどこかご存知でしょうか?
横浜港や神戸港などの名だたる港をおさえて、ここ数年クルーズ船寄港回数日本一となっているのが博多港です。博多港には年間約300隻近くものクルーズ船が訪れており、海の上にそびえ建つ巨大な建物のようなクルーズ船は、今や港の日常の風景の一部となっています。
そんな海外からの観光客で賑わう博多港国際ターミナルのほど近くに、博多港の「もう一つの日本一」の記憶を今に留めるパブリックアートが設置されています。長さ17mの舟の上に鮮やかな朱色の抽象化された人物像が屹立する、高さ15mの巨大な鋼の彫刻。2019年5月に94歳で亡くなった福岡県久留米市出身の彫刻家、豊福知徳(とよふくとものり)氏作《那の津往還》です。この作品は、戦後50年を迎えた1996年に博多港引揚記念碑として制作されたものです。
終戦直後、国内最大の引揚港だった博多港には、中国や朝鮮半島などから139万人の日本人が引揚げてくるとともに、戦時中に日本に連れて来られた50万人の朝鮮や中国などの人々が故国へと帰っていきました。《那の津往還》の朱色の人物像には、そのような長い苦難の道のりの末に博多港に辿り着いた人やこれから故国に旅立とうとする数多の名も無き人々の、苦しみや悲しみ、喜びや希望が入り混じった、言葉に尽くすことができない感情が内包されているように感じられます。
記念碑に記された碑文にはこう書かれています。
私たちはかつて博多港が国内最大の引揚港として果たした役割を忘れることなく、アジア・太平洋の多くの人々に多大な苦痛を与えた戦争という歴史の教訓に学び、このような悲惨な体験を二度と繰り返さないよう次の世代の人々に語り継ぎ、永久の平和を願って、この記念碑を建設するものである。
作品の前で耳を澄ますと、博多港に静かに響きわたる波音の合間から、終戦直後に博多港に降り立った数多の名も無き人々の声が、ふと聞こえてきたような気がしました。もしかするとこの作品は、私たちを乗せて博多港の現在と過去を“往還”させてくれるタイムマシンなのかもしれません。
(中井健二)