愛媛県喜多郡の内子町内子は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
江戸、明治、大正、昭和の民家や商店が一続きの通りに並び、時代の層を重ねた町並みが、今も静かに息づいています。

ツバメ書房外観。さりげなく文庫本が並んでいます
その町並みを歩いていると、古民家の前に文庫本が並び、「一冊百円」と書かれた札が目に入りました。古本屋のようで、思わず足を止め、外から覗いていると「どうぞ」と声がかかります。誘われるまま、戸を開けて中に入りました。
畳の上には、日本庭園のように、大小さまざまな形の本棚が点在しています。絵本や画集に小説、どの本も詰め込まれることなく、ゆったりと棚に収まっています。

蛍光灯の優しい光が本を照らしています。本が大好きな人の自宅にお邪魔したようなツバメ書房です。靴を脱いで、本と対話をします
店内を見回しても、声をかけてくれた人の姿は見えません。ガラス戸の向こうに人影があり、声をかけると、店主の松尾さんでした。
松尾さんは本が大好きで、北陸の地方都市で20年間書店に勤めたあと、縁あって内子町で豆腐屋を廃業した後の古民家と出会い、4年前に「ツバメ書房」を開いたそうです。英国の児童書『ツバメ号とアマゾン号』(アーサー・ランサム著)からツバメ書房と命名したそうです。

豆腐屋だった頃には、障子の商い窓(出窓)から豆腐を売っていたそうです

内子町の作家作品(雑貨など)も少し展示販売しています。重要伝統的建造物群保存地区に面した通りなので消化器にも木製の囲いがされています
四国の内子の町には遍路文化があり、他所から来た人を受入れてくれる土地柄で、とても住み心地が良いそうです。江戸時代から変わること無く続く通りを歩くと、不思議と気持ちが豊かで穏やかになるそうです。
豆腐を売っていた商い窓や古い建具など、建物が積み重ねてきた時間をそのまま受け継いだツバメ書房には、本の精霊が棲んでいるかのような気配があります。棚に並ぶ一冊一冊が、静かに語りかけてくるように感じられます。

火鉢には備長炭が見え、ゆったりとした時間が流れています。きかんしゃトーマスやポストカードも置いてあります
近所の旧家から買い取られた本が多いのか、歴史を感じる本が多く並んでいます。古い画集には、色褪せた「ルソー ルドン ボナール」の金文字が浮かび、背表紙が擦れた岩波のカント『判断力批判』も見つかりました。
パラフィン紙で包まれた岩波文庫をそっと開くと、固まっていた紙が砕けるような音がします。ざらりとした紙の感触が、長い眠りの時間を語っているようです。内子の旧家で、半世紀あるいは1世紀も眠っていた多くの本を、ツバメ書房が静かに目覚めさせているのでしょう。
和蝋燭で隆盛を極めた内子の町は、今では少子化に悩む地方の小都市です。その町に移り住んだ松尾さんは、「ツバメ書房」という一本の蝋燭に、そっと火を燈しているのかもしれません。小さな灯りです。しかしそれは、今の時代を生きる私たちが、どこかで求めている優しい灯りのように思います。
四国を訪れる機会があれば、内子の町並みを歩き、その優しい和蝋燭のような灯りを確かめに、ツバメ書房に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
古書・雑貨 ツバメ書房
愛媛県喜多郡内子町内子2884
Instagram: @tubamesyobou
この記事で紹介した本
アーサー・ランサム『ツバメ号とアマゾン号(上・下)』 神宮輝夫訳、岩波書店、2010年。
『現代世界美術全集6 ルソー ルドン ボナール』 株式会社河出書房新社、1966年。
カント『判断力批判(上・下)』篠田英雄訳、岩波書店、1992年。
(中野聡史)


