アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

TOP >>  風信帖
このページをシェア Twitter facebook
#304

針と糸が紡ぐ、貴州苗繍の現在
― 中華人民共和国 貴州省黔東南 ミャオ族トン族自治州凱里市

貴州省に暮らすミャオ族の女性たちは、古くから刺繍を通して物語を語り継いできました。苗繍(ミャオしゅう)とは、ミャオ族に伝わる伝統的な刺繍技法の総称で、単なる装飾ではなく、神話や祖先の記憶、民族の歴史を布の上に刻む「身にまとう史書」とも呼ばれています。蝶や龍といった文様には、それぞれ意味が込められ、世代を超えて受け継がれてきました。

伝統的な双龍文様の苗繍(ミャオ族の伝統刺繍)

伝統的な双龍文様の苗繍(ミャオ族の伝統刺繍)

苗繍の特徴のひとつは、その技法の多様さにあります。平繍、破線繍、錫繍など20種類以上の技法が存在し、糸には絹や綿、天然染料が用いられます。地域によっては、金属の錫といった特殊な素材も使われます。模様は決まった図案を写すのではなく、記憶や物語を自分の手で再構成するように生み出されてきました。

住民の家に飾られた伝統的な苗繍衣装と刺繍布

住民の家に飾られた伝統的な苗繍衣装と刺繍布

2025年に開催された「苗繍技藝」技能コンテストの様子

2025年に開催された「苗繍技藝」技能コンテストの様子

現在の貴州では、この伝統技術を「保存する文化財」としてではなく、「学び、使い続ける技能」として次の世代へ伝える取り組みが進められています。その象徴的な例が、職業教育の現場で行われている技能競技大会です。これは、実際の制作現場を想定した実技中心の大会で、学生たちは刺繍の技術だけを見せるのではなく、デザインの構想から完成品の制作までを一貫して行います。

6.5時間で完成した蝶文様の苗繍の香り袋(学生作品)

6.5時間で完成した蝶文様の苗繍の香り袋(学生作品)

2025年には、省レベルの大会に「苗繍技藝」部門が設けられ、参加者は複数の伝統技法を組み合わせながら、現代的なデザインへと応用する力を競いました。限られた時間の中で構想を形にし、実際に使える作品として仕上げる過程そのものが、苗繍を「生きた技術」として学ぶ教育の場になっています。
このような教育を通じた継承は、苗繍を過去の遺産ではなく、現代の生活と結びついた文化として再定義しています。針と糸を手にした若者たちは、先人の知恵を学びながら、自分たちの感性で新しい表現を生み出していきます。
苗繍は今、博物館の中ではなく、教室や競技会、そして日常の中で紡がれ続けています。伝統とは、守るだけのものではなく、育て続けるもの。その姿を、貴州の若い世代が静かに示しています。

(胡 藝航)