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アネモメトリ -風の手帖-

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#300

フランス植民地時代の名残りを訪ねて
― カンボジア王国 プノンペン特別市

かつて東洋のパリといわれたカンボジア王国の首都・プノンペン。19世紀半ばから20世紀半ばにかけて、カンボジアは90年あまりフランスの植民地支配を受けていました。その時代につくられた都市の基盤はいまも街に息づき、当時の面影を思わせる建物をあちこちで見かけることができます。

植民地時代の建築物がいまもレストランやショップとして利用されている

植民地時代の建築物がいまもレストランやショップとして利用されている

薄い黄色の外壁が特徴的なフレンチコロニアル建築には、高い天井で回るシーリングファンや吹き抜けのロビーに螺旋階段があり、バルコニーやアーチ窓を持つ優雅なつくりが、街にゆったりとした雰囲気を与えています。

フランス人建築家が設計した中央郵便局も現役で活躍している。1895年開館

フランス人建築家が設計した中央郵便局も現役で活躍している。1895年開館

現在でも国王が住まう王宮はクメール様式とフランス様式が融合した美しいたたずまい。ほかにもアールデコ調のセントラルマーケットやコンクリート造でシャンデリアのあるプノンペン駅、ランドマーク的な存在の中央郵便局など、どれもフランス統治時代の名残りが見て取れます。集合住宅のロヴェーン(長屋)も、住まいだけでなく店舗としても活用されていて、特にフランス人が多く住んだドーン・ペン地区にはその空気がいまも静かに漂っています。

サマセット・モームやシャルル・ド・ゴールも宿泊した「ラッフルズホテル・ル・ロワイヤル」。プノンペンの都市計画とともに計画・設計された。1929年創業

サマセット・モームやシャルル・ド・ゴールも宿泊した「ラッフルズホテル・ル・ロワイヤル」。プノンペンの都市計画とともに計画・設計された。1929年創業

フランスの影響は建築だけではありません。数多くのフレンチレストランがにぎわい、本格的なコース料理からカジュアルなメニューまで楽しむことができます。

ヌンパンパテはカンボジア風のバゲットサンド。パテとひき肉のペーストに、さわやかな酸味のピクルスがアクセント。七輪であぶられたパンが香ばしい

ヌンパンパテはカンボジア風のバゲットサンド。パテとひき肉のペーストに、さわやかな酸味のピクルスがアクセント。七輪であぶられたパンが香ばしい

パンとコーヒーは現在でもしっかりと根付いているフランスの食文化です。カレーやスープにパンを合わせたり、なかでも軽くて香ばしいパンに、パテ(ハム)とピクルスを挟んだヌンパンパテは人気の軽食です。練乳をたっぷり入れたコーヒーは濃く甘く、暑さに疲れた体に嬉しい味わい。小学校の近くには手押し車のアイスクリーム屋がやってきて、パンにはさんだアイスクリームを子供たちが楽しんでいます。
植民地時代の建物や食文化は、カンボジアの人々の手によって受け継がれながら、いまも街の一部として息づいています。そこには外から来た文化を自分たちのものにしてきた人々のたくましさが感じられます。フランスの名残りをたどることで、同時にカンボジアが歩んできた複雑な歴史を垣間見ることができます。

参考
Site Raffles Hotel Le royal, “OUR HISTORY,” Retrieved October 12, 2025,
https://www.raffles.com/phnom-penh/about/.

藤澤忠盛「プノンペンのコロニアル建築と保存風土地区の調査研究—森基金 研究成果報告書 2020—」2020年。

(三浦まり子)