中国南西部、貴州省黔東南(けんとうなん)にある従江県(じゅうこうけん)は、少数民族・侗(トン)族の伝統文化が色濃く残る地域です。今回の現地調査で出会ったのは、侗族の精神を象徴する建築「鼓楼(グロウ)」と、生命の営みを織り込んだ手仕事「侗布(トンプー)」です。この二つは、自然と共生する侗族の美学を鮮やかに映し出しています。

黔東南州従江県の慶雲鎮(けいうんちん)にある佰你村(バイニーツウェン)の鼓楼(グロウ)

鼓楼の伝承者から指導を受け、四季を象徴する4本の主柱の建て方を学ぶ調査チームの様子
「心臓部」と呼ばれる鼓楼の意味
鼓楼は侗族の村の「心臓部」とも言える建築です。村の中央に建てられ、祭りや村の会議、食後の歓談など、地元住民の交流の場として多目的に使われます。侗族には「先に鼓楼ありて、村が生まれる」という諺があるほど、鼓楼は精神的なよりどころとなっています。
建築様式にも深い意味が込められています。中心には「雷公柱(レイゴンヂュー)」と呼ばれる最も太い柱が立ち、自然神・雷神の象徴とされています。1本の雷公柱、4本の主柱、12本の縁柱という構造は、1年・四季・12ヵ月を表し、自然の時の流れへの敬意を示しています。釘やネジを一切使わず、伝統的な「榫卯(しゅんぼう)構造」で建てられた鼓楼は、まさに息づく建築文化遺産といえるでしょう。

地元住民が侗布(トンプー)で作られた伝統衣装を着用している様子
生命を織り込む「侗布」の手仕事
侗布は、侗族の女性が母から娘へと代々受け継いできた織物であり、文化そのものです。中でも光沢のある「亮布(リャンプー)」は、製作に3ヵ月以上かかり、20以上の工程を要する高度な技術の結晶です。
まず、地元で育てた綿を紡いで織り上げた布に、自家製の藍で何度も染色します。さらに柿の皮や朱砂根(しゅしゃこん)など天然の染料を加え、深みのある青紅色に仕上げます。布に卵白を塗り、木槌で半月以上叩いて艶を出し、仕上げに牛皮の煮汁で定着させます。最後に布を蒸して防水性と耐退色性を高めます。
侗布は単なる衣服ではありません。新築時には「吉祥の布」として柱に巻かれ、繁栄を祈願します。母親が作った布は娘の嫁入り道具となり、祖母が孫に贈る織花の背負い帯には命の誕生への祝福が込められます。
現代に生きる伝統
侗族の鼓楼と侗布は、単なる建築や布製品を超え、人々の暮らしと精神を形にした「生きた文化」です。時間と手間、自然への敬意が織り成すその美しさは、現代社会にこそ必要な「丁寧な生き方」のヒントを私たちに与えてくれるのです。
参考
人民日報. 技艺变创意 鼓楼显匠心[N]. 人民日報, 2025-04-02(6).
人民日報. 古艺新生:贵州侗寨蓝靛染[N]. 人民日報, 2024-07-29(1).
石宏輝. 贵州从江:侗族同胞载歌载舞欢庆鼓楼落成[EB/OL]. 貴州文化網, (2024-01-29)[2025-07-10]. http://gzculture.net/mlgz/diyu/40422.html.
(胡 藝航)