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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#219

武士の余技
― 新潟県村上市

新潟の県北・村上には、伝統工芸「村上木彫堆朱(むらかみきぼりついしゅ)」の技が受け継がれています。木地に花や鳥などの模様を彫刻して、天然漆を塗り重ねるこの漆器は、木地師・彫師・塗師の分業によって作り出されます。

堆朱のピアス

堆朱のピアス

今回、塗師の鈴木都さんが営む「漆工房じえむ」を訪れ、かねてより念願だったお箸作りを体験しました。宝石を意味する「gem」から名付けられた店名には、「宝石を選ぶように、村上木彫堆朱をもっと身近に感じて手に取って欲しい」という鈴木さんの思いが込められています。
さて、体験は文様を選んで鉛筆で描くところから始まります。その線の少し外側から「ウラジロ」(註1)と呼ばれる両刃の小刀を斜めに入れて、手前に引きながら切り込みを入れます。向きを変えて反対側も同じように切れ込みを入れ、溝がⅤ字形になるようにします。当然のことながら、このⅤ字の谷底が合わないと彫り出すことはできません。「薬研(やげん)彫り」(註2)という彫り方ですが、これがなかなか難しいのです。
何度も何度も繰り返して、やっと木片が浮き上がり、木屑となってぴょこんと出た時の爽快感といったら……。「はぁぁぁー」とついたため息と硬直した薬指を見て、いかに根を詰めていたかが分かります。「お二人でいらしても、皆さん途中から無言で作業されますよ」と鈴木さん。ただ、頭の中では「え、何で? どうしたら真っ直ぐに引けるの?」「こうか? こうなのか?」と自問自答で大騒ぎでした。

体験で使った道具たち。左のお箸が見本、右が筆者の作品です。切り口の美しさの違いをご覧ください

体験で使った道具たち。左のお箸が見本、右が筆者の作品です。切り口の美しさの違いをご覧ください

村上木彫堆朱の技法は、江戸時代に確立したといわれています。江戸詰めの村上藩士たちが公務の傍ら、名工と謳われていた玉楮象谷(たまかじ・ぞうこく)に習いました。帰藩した藩士によってその技が広められますが、当時は趣味的な要素が強かったとか。趣味だからこそ追究できる域があったのかもしれません。作品という受け皿を通して、木地や道具や身体と対話しながら、自分の思考の落としどころを見つけていく。そんな自己研鑽に目を輝かせる藩士たちの姿が浮かんできます。
さて、お箸はこのあと鈴木さんのお父様(塗師・川村三樹さん)によって漆が施されます。
漆は湿気のある梅雨時期は乾きやすく、冬場は少し時間がかかるとのこと。
雪かきをしながら、ゆっくりと待つことにしましょう。

箱根寄木細工の文様を参考にして、鈴木さんが考案されたデザイン。「可愛い!」と釘付けになりました

箱根寄木細工の文様を参考にして、鈴木さんが考案されたデザイン。「可愛い!」と釘付けになりました

前の某メカは鈴木さんのお兄様(塗師・川村将さん)が漆を施したもの。奥のアクセサリーが鈴木さんの作品です

前の某メカは鈴木さんのお兄様(塗師・川村将さん)が漆を施したもの。奥のアクセサリーが鈴木さんの作品です

(註1)
お正月飾りに使われる葉っぱ「裏白」に似ていることから名付けられました。
(註2)
薬研とは漢方の薬種を細かく挽く道具。時代劇でよく見るアレです。

参考
横山講次『村上堆朱』うるし工房 遊、2013年。

漆の美しさを若い世代にも。世界に一つだけを提供する「漆工房じえむ」 Things.
https://things-niigata.jp/other/gem/

川村庚堂漆器店
https://koudou-tsuishu.com/

村上堆朱事業協同組合
https://tsuishukumiai.jp/

(長谷川千種)