名古屋市中区に位置する「下茶屋公園」は、江戸時代後期の庭園様式を色濃く残す貴重な場所です。「真宗大谷派 名古屋別院」(通称東別院)の北西に広がるこの庭園は、江戸時代後期の天保年間(1830年〜1844年)に「東本願寺掛所」(現在の真宗大谷派 名古屋別院)の「新御殿後庭」として作庭され、現在は名古屋市によって管理されています。広すぎず、狭すぎず、高低差もありながら静かに散策を楽しむのにちょうど良い庭園です。
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名古屋市営地下鉄「東別院」駅から徒歩数分。
「名古屋テレビ放送」社屋北側に位置する下茶屋公園
庭園内には雪見灯籠や瓢箪型の池など、江戸後期の庭園様式を象徴する要素が随所に見られます。特に雪見灯籠は、その大きさと美しい形状で訪れる人々を魅了します。また、庭園の中央に広がる瓢箪型の池は、水面に映る景色が静けさと自然の調和を感じさせます。
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冬期は池の水が抜かれていたが、撮影した日の雪が池底に積もる。
池、雪見灯籠や橋、十三重の石塔や東側の築山を望む
先に書いた通り、東本願寺掛所の新御殿後庭であったこの庭園は、名古屋城下の南寺町(現在の大須)における重要な文化拠点でしたが、その背景を知る上で欠かせないのが『尾張名所図会(おわりめいしょずえ)』です。この江戸末期に編纂された書物には、東本願寺掛所の全景が詳細に描かれています。その中で、庭園の北西の一角に「古渡古城天守臺址(ふるわたりこじょうてんしゅだいし)」と記されているのが興味深い点です。織田信秀が築き、織田信長が13歳で元服を行ったとされる古渡城(1548年に廃城)の名残がこの庭園の中に刻まれているのです。
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『尾張名所図会 前編 巻二 愛智郡』に6ページにもわたり江戸後期の姿が記されています。
パブリック・ドメイン
画像出典:画像出典:尾張名所図会 前編 巻二 愛智郡 – 国立国会図書館デジタルコレクション
127ページ〜132ページ部分をもとに、筆者が横長画像に結合し、「新御殿」と「古渡古城天守亭趾」に赤枠を付与した
さらに注目したいのが、庭の東側の石垣に見られる刻印です。名古屋城と同じ「一」の刻印が施された石が多数使われており、これがどのようにしてここに至ったのかは諸説あります。一説では、名古屋城築城時に運搬途中で放置されたもの、また別の説では明治時代以降に持ち出されたものといわれています。このようなエピソードもまた、歴史好きにはたまらない要素でしょう。
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雪が被っていたからか、残念ながら筆者では「一」の刻印を見つけることはできなかった
冬の下茶屋公園は特に見応えがあります。雪が降り積もると、瓢箪型の池や雪見灯籠が白いベールをまとい、江戸の情景をそのまま再現したかのような趣を感じさせます。静かな園内を歩きながら当時の空気を想像する時間は心を豊かにしてくれるでしょう。
現代に残るこの庭園は名古屋の歴史を体感できる貴重な場所です。『尾張名所図会』の記録と併せて訪れることで、その価値をさらに深く味わうことができるはずです。ぜひ一度下茶屋公園を訪れ、歴史の旅に思いを馳せてみてください。
参考
お東ネット東別院「東別院を知る」、https://www.ohigashi.net/about/higashibetsuin/(2025年1月18日閲覧)。
岡田啓・野口道直選、小田切春江ほか画『尾張名所図会 前編 二巻 愛智郡』1880年、pp.127-132。
(青山信子)