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アネモメトリ -風の手帖-

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#230

看板が受け継ぐ「古きパリ」
― フランス パリ

パリは個人商店が多い街です。チェーン店や大型商業施設はもちろん存在しますが、日本と比べるとその数は少なく、石畳みの道にずらりと建ち並ぶカフェや古書店はパリらしい景観に欠かせない存在と言えます。また、それぞれの店の外観も店主のセンスが反映されていて実に個性豊か。趣向を凝らしたデザインは見ているだけでも楽しいものです。
しかし、時おり不思議な看板を見かけることもあります。例えば、こちらの鞄専門店。よく見ると、「B.BIBERON & FILS(哺乳瓶と子供)」と書かれています。商品と看板の内容がちぐはぐです。

中央にはフランソワ一世のレリーフ

中央にはフランソワ一世のレリーフ

他にも、「CORDONNERIE(靴修理)」という看板がかかったこのお店は、なんとカフェ。靴は販売されていません。理由は以前、同じ場所で靴修理屋が営業していたことに由来します。店舗が辿った歴史をブーツ型の看板とユニークな店名によって引き継いでいるのです。

店名は「Le Boot Café」

店名は「Le Boot Café」

なぜ一部の店では商売が変わった後も、古い看板を取り外さずに残しているのでしょうか。
ヒントを探るため、パリ3区にあるカルナヴァレ美術館を訪れました。「パリ市立歴史美術館」を正式名称とするこの美術館には、王侯貴族の調度品から庶民の日用品に至るまで、都市の歴史を伝える様々な風俗資料が収集・展示されています。館内に入ってはじめに来館者を迎えるのが、18~19世紀頃の看板コレクションです。

約200点の看板が所蔵されています

約200点の看板が所蔵されています

18世紀以前のパリでは建物ごとに番号が割り振られておらず、現在のような住所システムが整備されていませんでした。そのため看板は市民にとって道案内の重要な目印として機能していたようです。つまり、当時は「牛の看板を右に曲がった三軒隣が我が家です」といった会話がされていたのかもしれません。
19世紀半ばに都市改造計画が始まると、建物の取り壊しに伴ってこのようなピトレスクな看板は激減しました。カルナヴァレ美術館にあるコレクションはパリ市が買い取ったものですが、街を歩いてみると、歴史を伝える古い看板の保存は政府によるイニシアティブのみならず、商売をする市民らによって受け継がれていることが分かります。美術館まで足を運ばずとも、「芸術の都」パリの魅力は街歩きやショッピングのあいまに見つけられるかもしれません。

(佐藤美波)

参考
ジャン=マリー ペルーズ・ド・モンクロ『芸術の都 パリ大図鑑 建築・美術・デザイン・歴史』三宅理一監訳、西村書店、2012年。
杉本淑彦・竹中幸史編著『教養のフランス近現代史』ミネルヴァ書房、2015年。
芸術新潮編集部編『思わぬ出会いに心ときめくパリの小さな美術館』新潮社、2019年。