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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#200

苗から猫へ
― 新潟県関川村

「猫ちぐら」といえば、多くの愛猫家の方がご存じなのではないでしょうか。稲わらをかまくら型に編んで作った猫の家です。その原型は、乳飲み子を寝かせておく揺り籠のような「つぐら」。昔はこのつぐらを田んぼのあぜ道に置いて、子供をあやしながら農作業をしていました。それがいつの間にか飼い猫にも作るようになったそうです。
新潟県関川村の道の駅にある「せきかわ観光情報センター・にゃーむ」では、この猫ちぐらの製作風景を見学することができます。今回久しぶりに訪れてみると、「関川村猫ちぐらの会」の伊藤マリさんと保護猫のさくらが出迎えてくれました。

見学スペースで製作されている佐藤征江(さとう・ゆきえ)さん。猫ちぐらの入口部分に取り掛かっています

見学スペースで製作されている佐藤征江(さとう・ゆきえ)さん。猫ちぐらの入口部分に取り掛かっています

看板猫のさくら登場。鍋敷きとウサギ用のちぐらに興味津々?

看板猫のさくら登場。鍋敷きとウサギ用のちぐらに興味津々?

猫ちぐらを商品として作り始めるきっかけとなったつぐら。米沢街道の豪農・渡邉邸で働いていた本間重治さんが、同家の飼い猫「玉三郎」のために作ったものです

猫ちぐらを商品として作り始めるきっかけとなったつぐら。米沢街道の豪農・渡邉邸で働いていた本間重治さんが、同家の飼い猫「玉三郎」のために作ったものです

新潟米コシヒカリの産地である関川村では、昭和55年頃から猫ちぐらを商品として作り始めました。村おこしの一環として始まったこの事業は、一時期は注文から納品まで数年待ちに。現在は28名の作り手さんが一年を通して製作されていて、納品まで1ヵ月待ちとのことです。
また同会では後継者も育てています。その唯一の条件は、村の住人であること。村外不出の技術として守られています。それならばと、かつて私は本を見ながら紙紐で挑戦したことがありました。ただ、その作業の大変なこと。束ねて、ねじって、押さえて、結んで……。指が負けてしまうのです。“握力・根気・猫への愛”のどれも欠けていた私は、途中で投げ出してしまいました。
その土地に根ざした生業で培われた手によって生み出される民芸品。かつて冬の手仕事だったわら細工が、高齢者の多いこの村を活性化させ、住人と地域をつないでいました。「この村で作られることに意味があるんです」とおっしゃる伊藤さんの言葉に、今なら素直に頷くことができます。
折しも、道の駅を訪れた5月初旬は田植えの季節。苗を積んだ軽トラックや田植え機と何度もすれ違いました。“あの苗がいつか猫ちぐらになるんだなぁ”と思いを巡らせていると、そこに在る人の手と日々の暮らしが見えてきます。

道の駅に隣接する「東桂苑」に置かれているつぐら

道の駅に隣接する「東桂苑」に置かれているつぐら

参考
新潟県関川村・猫ちぐらの会監修、五月書房“猫ちぐら”編集部編(2010年)『しあわせ猫ちぐら―猫と人とふるさとの写真帖』五月書房

関川村猫ちぐらの会
https://www.nekochigura.com/

新潟文化物語 新潟・文化体験リポート 手作りの温もりが伝わる“関川・猫ちぐら”製作実演体験
https://n-story.jp/exp-report/25/

中川正七商店の読み物「なんとも可愛い猫つぐら。雪国生まれの買える手仕事」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/82667

(長谷川千種)