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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#172

薪とワラと海水と
― 新潟県村上市

新潟の県北に「笹川流れ」と呼ばれる海岸があります。国の史跡名勝天然記念物にも指定されているこの海岸には、日本海の荒波に浸食された奇石が広がり、その上には樹齢幾百年の青松が自生しています。この美しい海岸線を横目で見ながら北上していくと、一軒の工房が見えてきます。見学自由なここ「笹川流れ塩工房」さんの作業場に足を踏み入れると、立ち上る湯気と窓から差し込む光に包まれて、何だか神聖な場にいる感覚になります。こちらの工房では、薪で焚く昔ながらの製法で塩づくりをされています。塩職人歴20年の小林さんにお話を伺いました。
笹川流れ周辺では戦前まで塩づくりをしていましたが、戦後、日本専売公社が販売するようになり誰もつくらなくなったそうです。船大工をされていた小林さんは、木材からFRP(繊維強化プラスチック)による造船へと時代が移り変わるなかで船大工を辞め、建設会社を経て塩づくりを始められました。東日本大震災の時には、流され壊れた木造船の修理をしてほしいという依頼が福島からあったそう。「けどねぇ、手斧やら道具がないからだめだ、もうつぐれね」という言葉が今も耳に残っています。
さて、塩づくりは工房の裏手に広がる笹川流れから海水を汲みあげるところから始まります。大きな水槽に海水を寝かせて不純物を沈殿させ、平釜に移して大量の薪で煮詰めていきます。煮詰めること約15時間、水面にまるで花が咲いたような結晶が浮き上がってきます。「塩の花」と呼ばれるこの一番塩はフランス語で「Fleur de sel(フルール・ド・セル)」と呼ばれ、後味に雑味や苦味が少なく、料理の最後に味を調整する「決め塩」として最適だそうです(1)。
さらに何度も繰り返しさらしの布に通しながら海水を煮詰め、最後に藁で編んだツトに入れて丸一日置けば、えぐみのない美味しい塩のできあがりです。生活排水が流れ出ていないきれいな海と、天然の材料だけを使った昔ながらのやり方で丁寧につくられたお塩。
さてさて今日は何に使いましょうか。

(長谷川千種)

(1)
グルメクラブ 食の達人コラム まるで食べる宝石 世界中で愛される「塩の花」の魅力 魅惑のソルトワールド(42
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO59694370Y0A520C2000000/

笹川流れ塩工房/Salt&Cafe
http://www.isosio.com/index.html

工房の裏手に広がる笹川流れ。よく見ると石の上に人が……。

工房の裏手に広がる笹川流れ。よく見ると石の上に人が……

ぐらぐらと煮込む音と湯気、そして光に包まれた作業場

ぐらぐらと煮込む音と湯気、そして光に包まれた作業場

藁で編んだツト。余分なにがり分を落とします

藁で編んだツト。余分なにがり分を落とします