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アネモメトリ -風の手帖-

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#98
2021.07

未来をまなざすデザイン

3 それぞれの受け継ぎかた 長崎・雲仙市
4)「規格外」を扱うオーガニック直売所
タネト 奥津爾さん1

小浜に移住する人は多様である。みんながみんな、城谷さんと仕事で直接かかわっていたわけではない。
食を手がける奥津爾(ちかし)さんは、刈水庵の常連として、また子どもを通して城谷さんと付き合いを続けてきた。東京・吉祥寺から小浜に移住したのは2013年。借りた家がたまたま刈水庵の近所で、子どもが小学校の同学年だったのである。
奥津さんは妻で料理家の典子さんとともに「オーガニックベース」を主宰。「素材をいかし、自分もいかす台所の学校」をコンセプトに、料理教室・オンデマンド講座・書籍などを通じて、風土と身体に根ざした料理を伝えている。
しばらく雲仙と東京を行ったり来たりしていたが、2019年に東京の拠点を閉め、雲仙市で直売所を始めた。名前は「タネト」。扱う野菜は地域の在来種を軸に、ほぼすべて農薬・化学肥料を使っていない。9割以上が車で30分圏内の畑から出荷されており、地域に深く根ざしている。

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奥津爾さん

———地域の作家さんとかがつくる小物ってよく直売所にあるじゃないですか。これがないと、単なるセレクトショップになっちゃう。このぐらいの感じでもおしゃれって思う人はいるんですが、こういうのがあると見慣れた風景で、ほっとするじゃないですか。でもその流れに城谷さんのプロダクトとか、(城谷さんの妻の)オクウンヒさんのものを置いたりしているんです。

どんな人でも入ってこられるような親しみやすさがありながら、店内はあか抜けている。かといって、個性を主張しすぎない。こけしの近くに城谷さんのプロダクトがあっても、店全体の文脈から突出していない。そのバランス加減が絶妙といえる。欧米の食べものや雑貨のマーケットに近い印象である。

しかし、ひとつ、ひとつをちゃんと見ていこうとすると、少し戸惑う。並んでいる野菜たちは見たことがあるようで、見慣れない名前のものばかり。黒田五寸人参、五木村大根、源助大根……。主にこの地域で栽培されてきた「在来種」(*)が中心だ。
そこでは、世界的に知られた雲仙の種を守り継ぐ農家・岩崎政利さんの野菜とともに、地元で無農薬で育てられた野菜も並ぶ。そのなかには、仕事を引退してから農業を始めたような、いわば素人もいる。有名な岩崎さんの野菜を、ここではあえてブランド品のようには扱わない。それが「直売所」らしいと奥津さんは思っているからだ。
タネトのもうひとつのコンセプトは「規格外」。野菜であれば、ちょっと曲がっていたり小さかったりするだけで商品にならないもの。器も歪みや釉のかかり具合などでいわゆるB品とされるものを扱っている。

———規格外の野菜と規格外の器って、要は捨てられたり眠っていたりするものですよね。それをこうやって集めればひとつの価値が生まれる。東京のような都市じゃなくて、土に近い場所で扱うわけです。
今置いている器は愛知県の松村英治さんのものです。全国的な作家です。ただ器って、ちょっとしたことで商品にならなかったりするんです。しかもけっこうそういうものが出る。それを僕が取りに行くから、やすりをかけて最後の仕上げもこっちでやるから扱わせてくれ、と頼んで。
こうして並べてみると、彼を知っていて「なんでこんなところに?」って驚く人もいれば、全くわからず見て、相場とかも知らないで買う人もいるんですよ。そういうのいいじゃないですか。買ってみて、家で盛りつけてみたら料理がすごい美しくなった、と言ってまた買いに来てくれたりとか。こういう器本来の美しさとか、楽しさに触れてほしいっていうのもあったんで。

規格外とは、ある基準からはみでて、流通からはじかれるものである。それをいかに消費者に届けるか、という試みがタネトでは行われているのだ。気軽に立ち寄れ、おいしいものを買える直売所らしさがありながら、消費社会に挑戦するような実験的な場でもある。

(*)在来種……その土地の気候風土や環境に適応し、何代にも渡って受け継がれてきた品種。形や大きさが不揃いで、生育時期もコントロールできないが、採取した種をつないでいける。ただし、大変な手間がかかる。

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「タネト」のある千々石町は小浜からは車で20分ほど。在来種の野菜を目指して、県外からも多くの人がやってくる。地元の人が日常的に利用しやすい場所でもある。野菜のほかに、器や雑貨、古本なども置く。3点目は城谷さんの器の隣に妻のオクウンヒさんの作品を並べ、その奥にこけしを置いた光景。店内の独特な文脈づくりがタネトらしさでもある。2021年1月には、すでに部分的にプラスチックフリーを始めていた

「タネト」のある千々石町は小浜からは車で20分ほど。在来種の野菜を目指して、県外からも多くの人がやってくる。地元の人が日常的に利用しやすい場所でもある。野菜のほかに、器や雑貨、古本なども置く。3点目は城谷さんの器の隣に妻のオクウンヒさんの作品を並べ、その奥にこけしを置いた光景。店内の独特な文脈づくりがタネトらしさでもある。2021年1月には、すでに部分的にプラスチックフリーを始めていた