アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#93
2021.02

文化を継ぎ、培うということ

1 文化サロンとしての私設美術館 京都・祇園町
4)かかわりをつなぎ、生み出す 生活の文化

ZENBIを開館するにあたっては、善也さんにはもうひとつ、大きな動機があった。鍵善のある祇園というまちへの思いだ。

———300年近くこのまちで仕事させてもらって、まちのおかげで大きくならせてもらいました。わたしもまちの方々にいろいろ教えてもらいましたが、そんな人たちがどんどんいなくなってきている。彼らに少しでもかかわらせてもらって、ほんの少しですけれど、文化の一端を担わせてもらった立場として、このまちの良かったときの商売の仕方とか美意識なんかを、ちょっとでも残していきたいな、と。祇園町に少しでも恩返ししたいという気持ちです。

ZENBI2階の書斎コーナーには、戦後、店を再開してからの写真が飾ってある。そのうちの1枚では、店先の小上がりで、くずきりを食べる舞妓さんたちに、善也さんの母である13代晴子さんがお茶を出している。その隣には、晴子さんが岡持ちを手に、近所を配達してまわっている写真もある。注文があれば、1日に何度でも、すぐに配達しにいくのが常だった。こうして、さまざまな客に菓子を届け、店でもてなしを続けてきた。まちと、そこに集う人たちと密接にかかわりながら、鍵善のこんにちはある。
こうして、長年まちとともに歩んできたからこそ、ここ最近の祇園には違和感があるという。

———ここ数年、まちが変わりつつあるんです。見た目はきれいになっていくけど、中身が商業的というか、まちのためにとか、人としての基本的な気遣いなどがなくなってきているところがあって。
ものを売って、買ってもらうというのは、商売やっていればもちろん大事だけど、このまちはそれだけではない。せっかく来てもらった人に、「祇園」の印象が残るような場所をつくりたかったんですね。たとえば有名なスイーツを食べておいしかった、だけで終わりではなくて、ゆっくりしてもらって、また来たいなと思ってもらえたら、と。このまちの外れから、ちょっと違う風を通せればいいのかなあ、と思ってます。

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善也さんには、まちと、まちの人に育ててもらったという実感がある。おばあちゃんに「人は大切にせえ」と教えられ、小さいころから、お客さんのところについてまわった。長じては、近隣の店主たちに叱られながら、彼らに学び、横のつながりの大切さを実感してきた。祇園祭の神事を担う、老舗旦那衆による「宮本組」でも、大いに鍛えられてきた。
それだけ聞くと、なんて高度で込み入った人間関係か、と思ってしまうが、その基本にあるのは、こまやかな他人への気配りに他ならない。そのやりとりを重ねるなかで、ちょっとやそっとでは揺るがないつながりが育まれる。祇園の文化は一朝一夕のものではない。

———東京にあるような建物がたくさんできて、観光に来た外国人がたくさんいる。コロナで今はちょっと違うと思いますけど。それが悪いとは言わないし、鍵善も外国人のお客さんにもたくさん来てもらっています。だけど、文化っていうのはそこに住んでるひとがつくる生活のもんやから、それが見えてこないと。
今は人が見えなくなっているというか、人のいる感覚がなくなってきている。商売されるなかでも、もっと密着するというか、人と人がかかわっていったら、と思うんです。だから、ZENBIみたいな場所ができることで、人が集まって、新しいことが生まれていったら、と。ちょっとでも人と人のバランスを取っていけたらいいかな、と思っています。

作家と老舗店、そして祇園の人々。
祇園というまちで育まれてきた、人と人とのかかわりを、時代を超えてつなぐこと。そして、さらに新たなかかわりを生みだしていくこと。ZENBIはその役割を担っていく存在なのだと思う。
「60で引退しようと思ってたのに、これで70までがんばらんとあかんくなった」と苦笑いするが、15代当主は「やるべきこと」のひとつとして、文化施設の開設を選んだのである。では、この先、黒田辰秋を収蔵・展示するほかに、ZENBIで何をしていきたいと考えているのだろうか。

次号では、併設するミュージアムショップ「Z plus」を紹介しながら、現代のつくり手たちとのかかわりを聞いていきたい。

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ZENBI -鍵善良房- KAGIZEN ART MUSEUM
https://zenbi.kagizen.com/
取材・文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。
写真:石川奈都子(いしかわ・なつこ)
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集:竹添友美(たけぞえ・ともみ)
1973年東京都生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。