5)すぐに結果は出なくても 市をめぐる経済の実験
KIRIマルシェ2
鷹取さんはじめ、KIRIマルシェのスタッフは長い目で先を見ている。イベントとして一過性の盛り上がりを演出するのではなく、「市民による市民のマルシェ」に向けて、亀岡市民との距離を少しずつ縮めている。
———今できることとしては、地道にリサーチをして少しずつ亀岡在住のひとに近づけるような方法を考えています。
今回のKIRIマルシェでは、事前に亀岡のみなさんから集めた「好きな亀岡の景色」をつなげた映像作品をつくって当日公開したり、地域で長年受け継がれてきた「編笠だんご」をマルシェ限定で販売したり、チラシに「求む! あなたのまわりの芸術家」という募集項目をつくったりしています。全戸配布する予定のチラシなので、少しでもそれを見て「行ってみたいな」と思ってもらえる要素を増やしていけたら、と。すごい時間がかかると思いますけど。
実際、KIRI CAFEができてから、スタッフは「KIRIマルシェ」のほかに展示やワークショップ、知恵を分かち合う「KIRI WISDOM」など、農家やものづくりするひと、歴史を調べるひとなど、地元のひととつながりながら、さまざまな催しを試みてきた。そのなかで、農家さんなどのほうからアイデアを出してくれたりと、変化も起こってきている。
誰かと場をつくっていくなかで、自分の役割を自覚できれば、ひとはものごとに対して驚くほど創造的になれる。亀岡ではそのことをリアルタイムで、ゆっくりと進めているのだ。
そこで鷹取さんが気にかけているのは、スタッフ側の人材を育てたいということだ。先の見えにくい長丁場のプロジェクトは、結果がすぐ出る、早いサイクルに慣れている若い世代にとっては、簡単に受け入れられないところもある。
———誰か育ってほしいと思っているんですが、3年間やってもなかなか若い人材が見つからなくて。すぐに結果が出るものでもないので、不安になってしまうところもあると思うんですね。わたしは東京にいて離れているから、何かあってもすぐには会えなかったりするし。でも、現場のみんなは本当に愛情を持って動いています。見えないものをちゃんと可能性だと思っているんだと思う。出来上がってからよりも、今のほうがきっと面白いということをどうやって伝えていけるか、と考えています。
KIRIマルシェは実験的な側面が大きいから、さまざまな問題も生じやすい。ひとを育てるためには、育てる側にも余裕が必要だし、それ相応の体制づくりも大切だ。コンテンツの企画とともに、体制も整えることが大切になってくるだろう。
クリアしていくべきことは山積みだ。その一方で、鷹取さんたちには、地域のひととの関係をもっと深められたら、やってみたいと思っていることがある。
———独自の通貨をつくるのはどうか、と芸術祭の総合ディレクターである松井利夫先生が言っておられて。物々交換というアイデアも出ていたんですけど、それも関係性がしっかりしていないとできないことで、まだちょっと整ってはいないです。
もとはといえば、ものとものを交換するのは、ひととひとの結びつきがあって成立することだった。ものを商品として交換するために、市のような場所で貨幣を介した流通が生まれたとも考えられている。
KIRIマルシェが行おうとしていることは「ひととの結びつきを築いた先にある、ものの流通」ともいえる。身近な生産に目を向け、身近なところで循環させる、すこやかなコミュニティに向けて、少しずつ動いているのだ。
すぐに結果を出すことをよしとする風潮のなかで、市をじっくり育てていくには、さまざまなハードルがあるだろう。
けれど、そうして築いた関係性から生まれるものごとは、しなやかで折れにくい。そして、たくましい野良の芸術につながる市から、新たな経済と流通のかたちが見えてくるのではないだろうか。