芸術家の松井利夫さんは、現代の奇人である。松井さんを「奇人」と言い始めたのは、哲学者の鷲田清一さんだろう。将来の奇人候補ともいうべき友人、と。ちなみに、奇人は「変なひと」という意味ではない。並の人間にはない発想で、独自の筋を通す人物というニュアンスだ。
松井さんはこれまで、陶芸作品の制作をはじめ、さまざまな展示やプロジェクトを行ってきた。「たこつぼ」「無人さん」など、名称を聞くだけで楽しくなってしまうものもあれば、《月の骨》 《Tempo azzurro (青の時)》のように、リリカルなシリーズもあり、多岐にわたっている。
じっさい、松井さんの活動の全容をつかむのは容易ではない。新たな試みも次々と加わりながら、それぞれの文脈と輪郭は変わりつづける。
京都の市中から車を走らせること40分。松井さんのアトリエは亀岡の田んぼのなかにある。目印は入り口に置かれた巨大な金の壺と銀の壺。人ひとりがゆうに入れる大きさで、“巨大なたこつぼ”なのだという。
逆L字型の元倉庫のなかは、かなりの広さ、かなりのカオスだ。各所に展開されているのは、プロジェクトごとに制作しているさまざまな器やオブジェたち。さらに、プロジェクトのために集めたものが山積みとなる一方で、世界や日本各地で見つけてきた、松井さんの琴線に触れるものも雑多に置いてある。窯もあれば、薪ストーブもある。
いろんな意味で、松井さんらしいアトリエだ。多種多様、何層にも積み重ねられ、取り散らかっているようで、そこには松井さんなりの文脈が網の目のように張りめぐらされている。見えない糸のようなそれを、結んだりほどいたりしつづけているのだ。
松井さんは、自分の仕事を「面白かったものを集めて、関係づけること」だという。まずは、このアトリエから「関係づける仕事」を関係づけて見ていきたいと思う。
芸術家、京都造形芸術大学教授。1955年生まれ。京都市立芸術大学陶磁器専攻科修了後、イタリア政府給費留学生として国立ファエンツァ陶芸高等教育研究所に留学。エトルリアのブッケロの研究を行う。帰国後、沖縄のパナリ焼、西アフリカの土器、縄文期の陶胎漆器の研究や再現を通して芸術の始源の研究を行う。第40回ファエンツァ国際陶芸コンクールグランプリ受賞。第1回ALCOA国際コンクール第2位。第14回カルージュ国際陶芸ビエンナーレARIANA大賞受賞。第17回ミラノ・トリエンナーレ招待。第3回、5回京畿道世界陶磁ビエンナーレ招待。著作に『芸術環境を育てるために』(共著、角川学芸出版2010)、『失われた身体を求めて』(共著、角川書店、1999年)、『陶 vol.47松井利夫』(京都書院、1992年)など。