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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#39
2016.03

「伝える言葉」をさぐる 「ただようまなびや」の取り組み

後編 想像力を引き出すために
9)想像力がもたらしてくれるもの

古川を筆頭に、「ただようまなびや」に集結する作家たちは、創作活動において必要不可欠なものとして想像力を起動させる。だがもちろん想像力は、彼ら作家だけに存在するものではない。「ただようまなびや」で学ぶひとたちも含め、我々は意識し、あるいは無意識のうちにこの力を日々使っている。
2日目の最終授業であるシンポジウムでは、その想像力がテーマとなった。今回の教室の中でも最も広いスペースの壇上には、古川、柴田、川上未映子やアメリカ人作家のレアード・ハント、そしてサプライズ・ゲストとして名を連ねた村上春樹が並んだ。
「想像力とは要するに、先入観、ステレオタイプを壊してくれるもの」
古川はそう語った。人々を枠へ収め、閉じ込めようとする規範に対し、自身だけに内在するものを引き出す想像力は、自ずと他者とは異なる性質を帯び、そんな枠を突破すると示した。
こうした公の場にほとんど出ないだけに、村上春樹の発言には注目が集まり、満員の会場も水を打ったように静まり返った。「自分が書きたいから書く」と自発性に言及した村上は、小説のために使う想像力は孤独なものであり、それを“ひとりでカキフライを揚げるようなもの”と喩えて、会場から笑いを誘った後に、規範について別の角度から言葉にした。
「子どもというのは、想像力は活発ですよね。でも、みんな子どものときの想像力を多かれ、少なかれ、失っていく。というのは、それ以降持っていると、いろいろなことができない。想像力ばかりでいるから。だからなるべく、自然に封印していくと思う」
だが大人になっても、想像力を動かすことができる。さまざまな知識や経験を得て、歳を重ねてコントロールできると語った村上は、「身につけるものではなく、自分のなかにあるものを掘り起こすこと」と想像力を定義づけた。村上による定義は、記憶などの人間の内面に定着、沈下したものをもう一度引き出し、咀嚼、あるいは教訓とするとした古川の話と共通するものがある。
“掘り起こす”作業は、時間を要する。自分以外の誰かが代わりに答えてくれるわけでもなく、お仕着せや間に合わせの言葉で埋められるものでもない。日常の喧噪から距離をおき、自分というひとりの人間を見つめ直し、じっくりと生きていくための意義や価値を考える、そうした手間をかけることで獲得できるものなのだろう。
そのときふと、今回の「ただようまなびや」の開校式での古川の言葉を思い出した。宙に「あ」を描いた古川は、このひらがな一文字にも「書くためには、横があって、縦があって、ぐるっとまわって曲線が全部入る」ことを、ひとは忘れがちであると説いた。こうしたプロセスを効率の悪さと見なし、即時的なコミュニケーションが優先され、生活空間で無意識のうち、あるいは自動的に言葉を発せられる現代で、我々は我々にとって必要な何かを失いかけているのかもしれない。
「ただようまなびや」は、講師となる古川たちの導きにより、実際に表現に携わることで、失いかけている必要な何かを探し当てる時空間である。自らの手で見つけたその“何か”が、知らなかった自分、気づかなかった自分に引き合わせてくれ、硬直化し、窮屈さに苛まれる今の状況から我々を解き放してくれる、そんなふうに思えてくる。

個々のワークショップが終わった後に開かれた「朗読とディスカッション」。川上未映子、古川日出男、柴田元幸、レアード・ハント、そして村上春樹で行われた

個々のワークショップが終わった後に開かれた「朗読とディスカッション」。川上未映子、古川日出男、柴田元幸、レアード・ハント、そして村上春樹で行われた

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ゲスト・パフォーマンス(三浦直之)

ゲスト・パフォーマンス(三浦直之)。本とレコーダーを使った朗読劇

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エントランスの展示(大森克己・宇川直宏)

エントランスの展示(大森克己・宇川直宏)。(上)大森克己《#soundsandthings》。スマホ(iPhone)で撮影し、ハッシュタグをつけ、Instagramなどで公開するプロジェクトの展示 / (下2点)宇川直宏《UKAWA’S TAGS FACTORY(完結編)1000 Counterfeit Autograph!!!!!!!!!!+77 Spiritualists Possession》。セレブリティ1,077人のサインを模写し展示した”千人憑依”の記録

文:新元良一
文筆家、京都造形芸術大学教授。1984年に渡米、22年間のニューヨーク在住後、2006年に帰国。ニューヨーク在住中より、『新潮』『文學界』『小説現代』『ダ・ヴィンチ』『本の雑誌』などに、小説創作、文芸翻訳、評論、エッセイ、インタビュー記事を寄稿。2014年4月より1年間、NHKラジオ「英語で読む村上春樹」に出演。著書に、長編小説『あの空を探して』(文藝春秋)、対談集『翻訳文学ブックカフェ』(本の雑誌社)、インタビュー集『One author, One book~同時代文学の語り部たち』(本の雑誌社)など。

写真:大森克己
写真家。1994年、第3回写真新世紀優秀賞。国内外での写真展や写真集を通じて作品を発表。2013年東京都写真美術館でのグループ展「路上から世界を変えていく」に参加。2014にはMEM での個展「sounds and things」、PARIS PHOTO 2014 への出展など精力的に活動を行っている。主な写真集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『encounter』(マッチアンドカンパニー)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。

編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。最新刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。