アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#32
2015.08

状況をデザインし、好循環を生みだす

前編 つくり手と一緒に考え、つくり、発信する
1)出発点 北欧のものづくりと生活のありかた

柳原さんの原点ははっきりしている。
学生時代、そして仕事を始めて間もない20代の頃に出会った、北欧デザインの巨匠ふたり、アルヴァ・アアルトの作品とインゲヤード・ローマンだ。ふたりを通してみた北欧の生活と仕事のありかたに心惹かれたのだった。

——大学に入学したものの、ここで勉強していてもデザイナーにはなれないと思いました。この空間には何人入れて、とか人間工学的な、いわゆる実務的なことが中心で、社会に必要なものという勉強ではなかったんです。
そんなこともあって、大学1年の冬、クリスマスにアアルトの建築を見に行きました。フィンランド、スウェーデン、デンマークとまわる旅です。クリスマスってまちが華やいでいて、きっときれいに違いないと思って行ったんですけど、まちにはまったく人気がなくて(笑)。こんなはずじゃなかったのに、と思いながら歩いていたら、路地に光が見えた。近づいていくと、集合住宅の灯りだったんですね。カーテンがなかったから家のなかがよく見えるんですけど、幸せそうな光景なんですね。クリスマスを家族で楽しんでいる空間に、家具や照明、アアルトのキャンドルなんかがある。暮らしを豊かにすごすために、暮らしのものをちゃんと選んでいる。この国のひとたちは、こうして「見られてもいい生活」を送っているんだなと思ったんです。
そこにあったのは「ものの融合する生活」で、そうして家具なんかがライフスタイルをつくる役割を果たしていると実感しました。そのとき、自分のしたいことがわかった気がしたんですね。自分はもののデザインがしたいのではなく、ライフスタイルに関わる設計、建築のすべてをやりたいのだと。

単にプロダクトなどをつくりたいのではない。ハコを設計したいだけでもない。生活のなかでものともの、そして空間が結ばれて、トータルで在ること。柳原さんは、その状況をつくりだすことが自分のやりたいことだと自覚したのだった。
もうひとつの出会いは、仕事を始めて数年後のことだった。ふたたび北欧に、尊敬するデザイナーを訪ねたのである。

——デザイナーとして仕事を始め、独立して2年目でした。スウェーデンの有名なガラスメーカー、SKRUF(スクルフ)のデザイナー、インゲヤード・ローマンに会いに行ったんです。彼女のデザインがすごく好きで、どうしても会ってみたくて。友だちを介して連絡を取ったんですが、スウェーデンの島にある彼女のアトリエに行けることになったんですね。
友だちと一緒とはいえ、向こうにとっては見ず知らずの日本人の若者じゃないですか。なのに、わざわざおいしいパンを買いに行ったり、日本茶を用意したりして、きちんとテーブルセッティングをしてもてなしてくれたんです。それだけじゃなく、まちでいちばん美味しいレストランにも連れて行ってくれたりもして。
インゲヤードはガラスのデザイナーですが、アトリエのなかにも暮らしの一部があって、暮らしと仕事に区別がないんです。自分の日々やっていることがかたちになる。すごくバランスがいい暮らし方、生き方だと思いました。

アアルトの家具が溶け込む、誰に見られてもいい生活と、暮らしと仕事を分けることをせず、自分の日々の営みをかたちにするインゲヤードのライフスタイル。
こうして「北欧」は、柳原さんのこれからを方向づけることになった。

IMG_9347

インゲヤードのデザインしたガラスの容れものとつくった陶器。手の跡の残るものづくりだ

インゲヤードのデザインしたガラスの容れものとつくった陶器。手の跡の残るものづくりだ

——北欧で仕事しようと思いました。まず、さしあたっては日本と北欧を行き来しながら関わろうと。関係は絶やさないでいきたいと思ったんです。2006年以来、ヨーロッパには毎年行っていますし、初の個展もスウェーデンで行いました。

柳原さんは「自分の仕事」を考えるうえで、最初から世界に目が向いていた。たまたま、いいと思う生活や仕事のありようが北欧にあり、それを自身の基本に据えたということだろう。
実際、柳原さんの仕事が最初に認められたのも北欧だった。2006年、ストックホルムファニチャーフェアにおいて、出品したカーボンファイバーチェアで受賞する。
その作品を見て、スウェーデンの家具会社・Offecct(オフェクト)がコンタクトを取ってきた。スウェーデンにおける二大家具会社のうちの一社で、社長が柳原さんの作品をたいへん好意的に見てくれたのだった。
そのいっぽうで、「商品化は無理」だという。これでは消費者に使ってもらえないし、オフェクトのフィロソフィーに合わない。だから、いっしょにつくることはできない、と言われてしまったのである。

受賞したカーボンファイバーチェア(Photo : Takumi Ota)

受賞したカーボンファイバーチェア(Photo : Takumi Ota)