アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#85
2020.06

小さいこと、美しいこと

2 さまざまな「目」がもたらす、まちの輝き 神奈川・真鶴町
1) まちになかった、待ち望まれた店
「パン屋秋日和」清水秀一さん1

パン屋秋日和」(以下、秋日和)は、真鶴出版から歩いて1分かからないところにある。2019年10月にオープンしたばかりのパン屋さんだ。
こぢんまりとした白い建物に、暖かな光が灯る。店内は明るく清潔で、ショーケースに並ぶパンは、田舎パンやバゲット、山食パンなど、食事パンをメインに、「くりとマスカルポーネ」サンドや「ラムレーズンとクリームチーズ」のパンなど、おやつにできたり、お酒に合わせたりできそうなものも揃う。イートインできる席からは、通り沿いの緑が目に心地よい。
この店を営むのは清水秀一さん、綾香さん夫妻。秀一さんがパンを焼き、綾香さんが接客をする。秀一さんに話を伺った。

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清水秀一さん

———お客さんは若い方も増えてきましたが、多くは年配の方ですね。「できたてのパンを食べられるのが嬉しい」「頑張れ」みたいな感じで、来てくれます。(パンについては)自分が好きな、焼きたいパンを焼いてますね。

清水さんが東京からこちらに引っ越したのは、34歳のとき。都内のウェブデザインの会社を辞め、パン屋に勤めていたころ、遊びにきたことがきっかけだった。

———(パン屋をするには)東京だとハードルが高いと感じていて、やるなら地方かなって考えがありました。だけど、東京は刺激的で面白くて好きだし、日帰りで行けるぐらいの距離で、まちとして面白みのあるところがいいかなと思って。
真鶴は、真鶴出版という若いひとがいると知って、興味があって泊まりにきました。真鶴出版といっしょにまちを歩くと、ひとも紹介してくれる。自分だけでただ歩いても、そこまですぐには話したりもできないし、(話してみると)まちのひともウェルカムな感じでした。大きかったですね、真鶴出版の存在は。

前号でも紹介したように、 真鶴出版のまちあるきは、旅行者が自分でまちを歩くのとはずいぶん違う。真鶴の歴史を肌で知り、地元のひととふれあったり、美しい景色や自然を目にしたりするなかで、今ここに息づいているまちを知ることができる。清水さんもそうして真鶴の魅力を知った。
その後、1年ほどのあいだに、清水さんは何度か遊びにきたそのなかで真鶴出版をきっかけに、飲食店やものづくりのひとたちを中心に、移住者と地元民の双方と知り合い、「パン屋をやりなよ」と背中を押されたのだった。

最初は紹介してもらった、港すぐそばにあるシェアオフィス「真鶴テックラボ」の1室で店を始めた。売り場はわずか1.5坪。半年間そこで「お試し」的に店を開いたあと、現在の場所を見つけた。

———イートイン席をつくりたかったので、広さがまずまずあるのと、まわりにあまり建物がなくて、ぽつんとある感じが逆にいいかなと思って。駅前の大道とかだと埋もれちゃう感じがして。

人通りが少ない場所であるにもかかわらず、店を開けると早々に売り切れてしまうことも多い。これまでまちになかった、ハード系の美味しいパン屋は、地元のひとにも移住者にも大いに喜ばれているのだ。
ちなみに秋日和の並びで、数十歩行ったところに、もはや真鶴の名店的存在の「真鶴ピザ食堂KENNY」(以下、ケニー)があった。移住者も観光客も、そして地元のひとも訪れる店で、清水さんも移住前から通っている1軒だ。

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毎日食べても飽きのこない、小麦の深い味わい。什器は秀一さんの好きなcow booksのブックケース / 妻の綾香さん。店内のテキスタイルも手がけた / 外の緑を借景する / 真鶴の外からも買いにくるお客さんも