アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#29
2015.05

奥能登の知恵と行事 息づく豊かさ

後編 根ざした土地で、見出した価値を伝える
5)地元と発展的に関わる(1)
塩山板金工業所

萩野邸の玄関扉は、ブリキの板がパッチワークのように貼り合わされている。ここで過ごす時間が楽しみになる、遊び心のあるアイデアだ。ブリキの出所は、米を保存するためのブリキ缶だ。ところどころに入った押し印は、その名残。能登半島地震で土蔵が取り壊され、捨てられそうになっているのを見つけては、紀一郎さんが譲り受けた。米どころだけあり、どの家のものもドラム缶ほどの大きさがある。ゆきさんがブリキ缶に馬乗りになって切り開いて解体し、輪島市にある塩山板金工業所が扉に仕立てた。
屋根や外壁、雨どいなど、板金といえば家の修理やリフォームが中心だが、塩山板金工業所は『錻力屋(ブリキ屋)』として、ブリキや銅板を使ったアートやオブジェなども制作している。

塩山板金工業所三代目の塩山和也さん

塩山板金工業所三代目の塩山和也さん

「オブジェをつくるようになったのは、知り合いから『さすがに板金で麦わら帽子はできないだろう』と言われて、つくってみせたのがきっかけです(笑)。雪深い冬場は屋根の工事ができませんから、技能の鍛錬になるので、うちでは加工品の制作をしています。『技能まつり』の板金部門に出場して、うちの若い衆は優勝しているんですよ。銅板の叩きや絞り、曲げなどの技術を駆使して水差しなどをその場で制作するんです」と、三代目を継ぐ、塩山和也さん。

優れた技術が口コミで広がり、大学の研究所からも依頼が来る。「ジェット機の吹き出し口とか、いろいろなものが来ます。学生のつくった展開図には形にできそうにないものもあって、そう伝えるんだけど計算したらできるはずだって。やってみたけど、そのときはやっぱりできなかったね」。麦わら帽子然り、さまざまなオブジェを展開図から起こし、腕を磨いてきた、塩山さんらしい裏話だ。好奇心旺盛にものづくりに向かっていることが、会話の節々から伝わってくる。

萩野邸の玄関。土蔵から救出したブリキ缶をもう一度板状に伸ばして切り貼りした職人技

萩野邸の玄関。土蔵から救出したブリキ缶をもう一度板状に伸ばして切り貼りした職人技

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(上)牧野式胴乱の記述(下)塩山さんの手で復活した胴乱は、まるやま組の植物採集で大活躍

(上)牧野式胴乱の記述(下)塩山さんの手で復活した胴乱は、まるやま組の植物採集で大活躍

まるやま組の植物観察会の際、植物の採集に使うブリキ製の「胴乱(どうらん)」をつくったのも塩山さんだ。植物学者の牧野富太郎博士が愛用していた胴乱を文献から見つけ、ゆきさんが依頼した。なかのディテールは実物を展示する東京の練馬にある牧野記念庭園に尋ね、自分たちなりの使いやすさを加味して、再現したものだ。ビニールに入れるとすぐしおれてしまうが、この胴乱なら長い植物もそのまま持ち帰って標本にできる。
紀一郎さんが建築設計においてタッグを組むことも多いが、ものづくりへの姿勢と力量をよく知っているから、こんなユニークなお題も投げかけられる。地元にある技能を活かし、新しいことにともに取り組むことで、お互いの関係もより深まっていくのだ。