アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#29
2015.05

奥能登の知恵と行事 息づく豊かさ

後編 根ざした土地で、見出した価値を伝える
4)協働して拾い上げる能登の風景

自分の手で何かを生み出したい。
そんな思いに駆られていた、ゆきさん。紀一郎さんが土蔵修復に奔走する中、製本や紙漉きの経験を活かし、デザイナーとして活動するようになる。能登の植物や風景を撮影し、手製の本やポストカードを制作。金沢の21世紀美術館や、カフェ&古本店の「あうん堂」などに、「風呂敷に包んで持ち込み」、取り扱ってもらうようになる。
すると、取扱店でゆきさんの作品を見た、七尾の鳥居醤油店から新商品の企画・デザインの依頼が来る。つづいて、漆の塗り箸のラッピング、その次には輪島の造り酒屋である白藤酒造店のお酒の箱、揚げ浜塩田でつくられる塩の商品企画から包装デザインまで……、わらしべ長者のように地元の名産品のデザインを任されることになった。
奥能登は伝統的なものづくりが受け継がれる、豊かな土地だ。反面、半島という性質上、外とのコミュニケーションに時間がかかる面もある。同じ土地に住み、作業現場に通い、じっくりとつくり手の話しを聞き、そのものの背景や魅力を理解したうえで、デザインする。ゆきさんのようなひとが持ち望まれていたにちがいない。

——奥能登の豊かな風土と誠実なつくり手によって生まれた、まじりけのないほんものばかり。わたしはただ、整理して見せ、伝えているだけ。大したことは何もしていないんです。デザインするというより、ひとの想いやそこから生まれる風景を拾い上げる。ドキュメンタリー映画を撮るような気持ちに近いです。(ゆきさん)

紀一郎さんとゆきさんの、協働の仕事も増えてきた。日東電機は輪島港で50年以上つづく、愛称「船のでんきや」。港には漁船がぎっしりと停泊し、なかには照明が重要な役割を果たす、イカ釣り船もある。「船のでんきや」がいかに必要不可欠な存在かがわかる。代表の沖崎俊彦さんは、船舶電装業で培ったノウハウを活かし、防水性と耐久性に優れた船舶照明を住宅用にも幅広く使ってもらえたらと、アレンジを施した「マリンランプ」を商品化している。従来の枠を越えた、新しい価値の提案だ。紀一郎さんは、設計した住宅や店舗の照明に取り入れ、ゆきさんは商品の展示ディスプレイやロゴをデザインする。能登のアテの木に取り付けられたデッキライトは、無骨でかっこよく、インテリア好きなら心躍るはずだ。

「船のでんきや」こと日東電機の船舶用照明を転用した住宅照明のディスプレイ

「船のでんきや」こと日東電機の船舶用照明を転用した住宅照明のディスプレイ

また、珠洲の人気店「うどん のんち」でも、内装設計を紀一郎さんが手がけ、ゆきさんがロゴから器・メニューなどを企画・デザインする。漆器の木地をうどんの丼に見立てたメニューボードは、お客さんの目を惹きつけ、楽しませる。ふたりで取り組めば、イメージがぶれることがない。それぞれの活動が結びつき、より立体的に、魅力的に、発信することができるのだ。

2009年から、ゆきさんが参加した、金沢大学が主宰する『能登里山里海マイスター養成プログラム』(*)(以下:マイスター)も、活動の場を広げたきっかけだ。

——ここで学びながら、自分自身がやりたいことを見つめ、実験的に始めていったのがまるやま組です。まるやま組の活動が卒業論文にできるかもしれないという、隠れた動機もあったので一念発起できたかもしれません(笑)。まるやま組を支えてくれる伊藤浩二先生や野村進也先生はマイスターの講師や研究員、まるやま組のメンバーである染織家の落合紅さんや谷川醸造の谷川貴昭さん(本誌前編参照)もマイスター修了生です。今一緒に仕事をしている大野製炭工場の大野長一郎さん(本号第7章)も修了生ですね。今のわたしの仕事も、まるやま組の活動も、マイスターで培われた経験や広がった仲間のおかげですね。(ゆきさん)

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(上)珠洲市内に開業した「うどん のんち」の内装は紀一郎さんが設計し、「船のでんきや」の船舶用照明を使い、壁紙には仁行和紙の栗のイガで染めた楮和紙を使用している(下)「うどん のんち」のメニュー表やショップカードはゆきさんのデザイン(提供:2点とも、萩野アトリエ)

(上)珠洲市内に開業した「うどん のんち」の内装は紀一郎さんが設計し、「船のでんきや」の船舶用照明を使い、壁紙には仁行和紙の栗のイガで染めた楮和紙を使用している(下)「うどん のんち」のメニュー表やショップカードはゆきさんのデザイン(写真提供:2点とも、萩野アトリエ)

* 能登里山里海マイスター育成プログラム
国立大学法人金沢大学とパートナー自治体(石川県、輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)によって実施されるプログラム。学舎は珠洲市にある。講師は金沢大学の教授陣を筆頭に、生態系や環境保存、農業経営など、さまざまな分野の第一線で活躍する研究者たち、受講生は地元のひとだけでなく移住組、東京など都市部から通うひとなどさまざま。スタートした2007年当初「能登里山マイスタ-」養成プログラムとして5年間実施。その後は「能登里山里海マイスター」育成プログラムとして、現在、1年間のカリキュラムで隔週土曜に受講し、卒業課題の公開プレゼンを実施し、卒業認定している。修了生のうち、東京など都会からの移住者たちは能登に定住し活躍の場を広げつつあるなど、里山里海の自然資源を活かし、費用の捻出まで含めて実務を学び、能登の明日を担う人材を育成する。