アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#27
2015.03

とつとつとした点描−美術家・伊達伸明さんの仕事

後編 細馬宏通さん、福永信さんとの対話
2)「縦と横」の関係性を見る 細馬宏通との対話2

細馬 ところで、レレレのおじさんの立ち位置って、電柱っぽいですね。おじさんの横を警官が通りすぎたり、バカボンのパパが通りすぎたりするじゃないですか。おじさん自身は「お出かけですか?」と言っているだけで動かない。それって定点観測っぽいんですよね。車に何度も擦られても「レレレのレ」って言ってそう。

伊達 定点観測って目から鱗のことが今でもあるんです。自分がある限られた視点からだけ見て、景色の変化を見るなり、加工する側から素材の変化を見るときに、相対的に「動かないもの」が設定されることで、自分の動きが逆の意味を持つ。

細馬 定点観測をする側がある一方で、そこを通過する側もある。電柱であるところのレレレのおじさんって、基本的に通りすぎるひとからあまり意識されていない。だから通過する側としては、たとえ相手を傷つけても「あ、こすったかな」くらいにしか思わない。僕らがどっかからどっかに移動している時間、意識からこぼれ落ちてしまう時間が、レレレのおじさんに記録されるんですよね。その記録を改めて拾い上げることで、逆にぼくらが自分で見逃している通過という行為が逆照射される。

伊達 僕は「縦と横」の関係性をずっと見てるんです。淡々と時間が刻まれて、ものがちょっとずつ変化して、ある時点でものがある表情をしている。考古学などはたぶんそこから縦の時間軸を見るのだろうと思います。ただ僕の場合は、同じように時間の経ったものを緯に並べて、横の軸を探す。理屈っていう縦軸があっても、それを絵的にしか見ないようなところがある。ウクレレには横に多層性がある気がする。いろんな縦軸をぶつ切りにして並べると、そういうつながりは見えてくるんです。

細馬 そう聞くと、世にあるいろんなウクレレの起源を考えちゃいますね。ウクレレを弾きながら「このウクレレはどこの木を切り倒して、どの部分をどう削って、今自分の手元にあるかたちになったんだろう?」みたいなことを遡って考えることってあんまりないじゃないですか。亜炭(*1)もそうですよね。伊達さんが目をつけないと、これがどこから来たのか、なんて考えない。

伊達 僕は素性や背景を知りたがる傾向があるんです。もともと家だった材木がウクレレになる、というとき、その「記憶のなかで家であったできごととつながっていること」が大事なんですよね。

細馬 ただ、伊達さんが仙台で調査している亜炭になると、千年、万年単位になって、人間のスケールは超えますよね。

伊達 亜炭を始めたのは3年前からですけど、それまで築50年とか30年とか、建てたひとがまだ生きている建物から楽器をつくってそのなかに歴史を見ながらやっていた、その時間軸が一気に変わったんですよね。

細馬 そのときの感覚の差ってありますか。

伊達 もうひとの手の及ぶものではないので、記憶というものではない感じですね。何百年が近く感じる。

細馬 僕も、そこまで長くはないけど、古い絵はがきを集める(*2)ようになって、100年くらい前には意識が届くようになりました。骨董市とか絵はがき屋に行くと、100年前のひとが書いたものが1枚10円とか100円で売っているわけです。自分の生の時間を超えた世界に入る感覚がありますね。

伊達 何千年っていう樹齢の木も生木であるくらいだから、驚くことではないかもしれない。人類史を超えたものを扱うことで、僕が発掘しているような感覚もある。「お前はこういうやつやったんか」って。地質学的な歴史って化石に近い感じで、亜炭も400万年くらい。地質学の先生の話を聞かないと分からないし、これが美術かどうかもわからない。いずれにしてもこっちの方は記憶の問題じゃないですね。

細馬 古い樹でも断面は意外にフレッシュだったりね。断面は削ったひとが明らかにする。樹齢何百年の木って昔からそこにいるわけですよね。それが材になるとポータブルになって、パーソナルになる。削ることで、付き合い方が個人的になる。

*1 伊達さんが仙台で取り組むプロジェクト「亜炭香古学」のこと。戦後仙台市内で風呂や暖房用として一般的な燃料だった。前編参照。

*2 細馬さんは、近代の視覚技術を集大成したメディアとして絵はがきを収集・分析もしている。著書『絵はがきの時代』(青土社)もある。

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 (上)プロジェクトの一環として、坑道の調査もおこなった(下)『亜炭香報』7号の裏面には、仙台市民に呼びかけ「亜炭・埋木・穴」をお題にした句に絵をつけた歌留多を掲載

(上)プロジェクトの一環として、坑道の調査もおこなった(下)『亜炭香報』7号の裏面には、仙台市民に呼びかけ「亜炭・埋木・穴」をお題にした句に絵をつけた歌留多を掲載