アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#25
2015.01

工芸と三谷龍二

後編 生活工芸から、その先へ
6)目と手の行き届くフェアを 瀬戸内生活工芸祭1

2012 瀬戸内生活工芸祭に総合ディレクターとして関わる。もうクラフトフェアはいいと思っていたのに、また関わることに。共著「道具の足跡」(アノニマ・スタジオ)などを通じて、社会や暮らしと工芸の結びつきを考える。

松本という工芸に関わりの深いまちで、三谷さんは自身のものづくりをすすめながら、ものを介した場づくりにも取り組んできた。松本クラフトフェアを立ち上げ、「工芸の五月」を始め、そして自身のギャラリーショップを起点に「六九クラフトストリート」をスタートさせた。
ひと通りのことはやって、年譜の通り「クラフトフェアはもういい」と思っていたはずだったのに、今度は高松で開催される「瀬戸内生活工芸祭」の総合ディレクターを引き受けることになった。全国にクラフトフェアのようなイベントが急激に広がることで、作家を受け容れる器が大きくなったことはよかったけれど、多くは「クラフト」とは名ばかりの「まちおこし」イベントで、しかも地方の特色も生かされていない。その問題意識を持ち続けていたからだった。

高松もまた、美術や工芸の伝統が息づくまちである。本誌2013年13号の特集でも高松を取りあげているが、松本と歴史的な経緯とまちのありかたがよく似ている。ものづくりがもともとさかんで、そこに家具デザイナーのジョージ・ナカシマ、彫刻家のイサム・ノグチのような「ヨソモノ」のものづくりが外からの視線を持ち込み、深みを与えた。さらに民芸の影響も色濃く、短い期間ではあるが「民具連」という民芸に連なる活動もあった。新しいかたちのクラフトフェア開催にはうってつけの土地柄だ。

日本初のクラフトフェアは、工芸や民芸の伝統があるまち、松本で三谷さんたちによって始まった。それからおよそ30年、「生活工芸」と名づけたフェアが、工芸や民芸とかかわりの深い高松で、三谷さんのディレクションにより展開されることになったのだった。

会場のひとつ、女木島。穏やかな暮らしが営まれる、おおらかなところだ

会場のひとつ、女木島。穏やかな暮らしが営まれる、おおらかなところだ

‥‥‥工業化のすすんだ先進国の中で、極めて稀なことだが、日本には自分たちの思う生活道具を、手仕事で自由に作る人たちがたくさんいる。またそれを支える人達———手仕事の生活道具を暮らしの中で使用する人たちの層が厚いことも、この国の特色だろう。それは日本人が素材への繊細な感覚をもち、心をこめて隅々まで丁寧に作るクラフトマン・シップへの愛着と信頼の気持ちが強いから。それが昔から変わらず続いているのだった。
『瀬戸内生活工芸祭』は、そのような生活工芸を作る人たちと、それを使う人たちが、秋の2日間、四国・高松に集まり、仕事の実りをともに祝う収穫祭である。
(『道具の足跡 生活工芸の地図を広げて』より)

三谷さんは、瀬戸内では生活工芸をまっすぐに伝えることをしようと思った。生活工芸を代表する作家を呼び、出展者もかなり絞り込むなど、ていねいにつくっていったのである。

——僕がやった大きなところでは、5人の招待作家と、出展者を選考する審査員の選択ですね。出展希望者のなかから選ぶのであれば、選ぶひとはちゃんと眼が利くひとであるべきで。そうでないと、すごくいいものをつくっているひとが選ばれなくて、苦しい思いをする、ということも出てきてしまうからね。「眼の不在」に危機感を感じていたから。
そして、「生活工芸」をつけている以上、こんにち、生活工芸といえばまず(名前の)出てくる5人の作家を呼んで、(展示を)したんです。

2012poster

瀬戸内生活工芸祭 2012
11月23日・24日
会場:香川県高松市「玉藻公園」「女木島」

総合ディレクター / 三谷龍二
ディレクター / 石村由起子
主催 / 瀬戸内生活工芸準備室
共催 / 高松市
■生活工芸5つのかたち
玉藻公園披雲閣 / 赤木明登・辻和美・内田鋼一
女木島 / 安藤雅信・三谷龍二
■野外フェアクラフトフェア(作家87名)+せとうちマルシェ
■選考委員会7名の展示販売
永見眞一・中村好文・皆川明・山口信博・三谷龍二
石村由起子・一田憲子

生活工芸祭第1回目は、瀬戸内海のすぐそばにある玉藻公園と、そこから船で20分の女木島を会場とした。やわらかな陽ざしと穏やかな海を感じられる瀬戸内らしいロケーションだ。構成としては、全国から公募で選んだ87名の作品販売と、生活工芸を代表する作家5人の展示「生活工芸5つのかたち」が中心。展示は玉藻公園内にある歴史的建造物・披雲閣と女木島に分けて開催し、野外フェアは玉藻公園とした。

顔ぶれはとにかく華やかだった。「作家から審査員から、(生活工芸の)オールスター」が揃ったのは、三谷さんの声がけだったからだろう。ふだんからやりとりし、顔を合わせる機会の多い友人知人たちでもある。

作家としては、ガラスの辻和美さん、漆の赤木明登さん、陶磁器の安藤雅信さん、内田鋼一さん、それに三谷さん。いずれも個展をすれば、ファンが押しかけるような人気作家である。そして、これだけのメンバーを揃えてやったことは、ちょっと冒険的でもあった。それぞれが披雲閣や女木島の気に入った場所で作品の「展示」を試みたのである。場所との関わりを考えながら、新たに作品をつくったり、あるいは赤木明登さんのように地元の蔵に眠っていた漆の器を集めたりと、ふだん制作する生活の道具とは異なる表現であった。その一方で、それぞれが思うふだん使いの器をつくってもらい、飯碗、お椀、コップ、皿、そしてお盆という「膳」のセットもつくった。それは見事に、作家の個性を消し去った「ふつう」のものたちなのだった。

——依頼した作家たちは、場を用意すると、それにふさわしい文脈で、見応えのある展示をしてくれました。その理解力と造形力は高いなとあらためて思いました。またその展示の一方で、それぞれがふつうにお椀をつくって、お茶碗つくって、日々のごはんのための膳を5人共作で組みました。生活工芸といいながら、ふだんとは違う作品の展示もするし、ふつうのみそ汁とごはんのセットもできるわけで。その振れ幅の大きさから、現在の生活工芸のありようを示すことができる、と考えたんです。

生活に役立つふつうのものをきちんとつくれるから、そこから離れた作品もありうる。その両方があってこそ、生活工芸のものづくりなのだ。

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(上から)披雲閣での展示。塗師の赤木明登さんは、地元に呼びかけ、蔵などに眠る“忘れられた”漆の器を集め、広間に並べた。圧巻の光景 / 赤木さんと陶芸家・内田鋼一さんの作品「きっと誰かが拾ってくれる」 / ガラス作家の辻和美さんは「暮らしの巾」と題して、ガラスの重箱などの“勝負器”を制作 / 内田鋼一さんは炊事場で、流しにバケツ、テーブルに器など、その場所で使われる道具を焼き物でつくった

(上から)披雲閣での展示。塗師の赤木明登さんは、地元に呼びかけ、蔵などに眠る“忘れられた”漆の器を集め、広間に並べた。圧巻の光景 / 赤木さんと陶芸家・内田鋼一さんの作品「きっと誰かが拾ってくれる」 / 内田鋼一さんは炊事場で、流しにバケツ、テーブルに器など、その場所で使われる道具を焼き物でつくった / ガラス作家の辻和美さんは「暮らしの巾」と題して、ガラスの重箱などの“勝負器”を制作

一方、選考委員はジョージ・ナカシマの家具をつくる地元の桜製作所会長・永見眞一さん、建築家の中村好文さん、グラフィックデザイナーの山口信博さん、ファッションブランド「ミナ ペルホネン」デザイナーの皆川明さん、奈良の雑貨と食事の店「くるみの木」主宰の石村由起子さん、編集者でライターの一田憲子さん、そして三谷さんの7名。全国から応募してきた429名のうち87名が選ばれた。それぞれの視点や立場を生かしつつ、互いに共通する感覚があるから、ヴァラエティに富みながら、ゆるやかに筋の通ったセレクトとなった。

生活に役立つものの「今」を並べ、使うものだけではない、工芸のもののありかたも見せる。ただ実用一辺倒ではなく、生活工芸の厚みを届けたい、という三谷さんの思いが伝わってくる。
じっさいに訪れてみると、展示もフェアの販売も、めりはりがつきつつ、なめらかにつながっていた。一見、生活には直接かかわりがないようでも、その視点やセンスがあってこそ、ふつうにつくる日々の器が生み出される。ことばで言われなくても、生活工芸の奥行きを実感できる場であった。