5)大原の自然を料理に映す
「草喰なかひがし」中東久雄さん
最後に、朝市ができた頃から大原に通い続け、里の人々と共に朝市を盛り上げてきた料理人・中東久雄さんに話を聞いた。
中東さんは、銀閣寺の近くで1997年から日本料理店「草喰なかひがし」を営んでいる。店がオープンしたての頃、大原の農家のご婦人に、柴漬けに使う紫蘇を分けてもらった縁で、朝市の存在をいち早く知ることとなった。「その時は、誰もこんなところに朝市が立ってるなんて知りませんから、地元のお客さんが覗きにくるくらいでしたよ」。
それから大原に通って野菜を買うようになり、周りの料理人にもお裾分けしたところ、みなが口を揃えて美味しいという。これが、大原に料理人が来る1つのきっかけとなった。連れ立って通ううちに、毎週のようにここで憩うメンバーで「朝市倶楽部」が立ち上がるほど、ファンが増えていったそうだ。
———もともと大原の野菜というのは、たくさん売るためにつくられたわけではなくて、家族のためにつくられていたものですから美味しいんです。野菜をつくる気持ちが違うから、野菜に命を感じるわけです。
中東さんは店が休みの日を除いて、毎朝欠かさず大原に現れる。大原の農家はみな、真っ赤な愛車の「スズキX-90」が停まっていると、そこにいるのが誰かすぐわかるという。朝市では、古くからいるひとから若いひとまで、みんなと交流しながら、仕入れをしていく姿が見られる。時には自ら畑のなかに入っていって、作物を収穫することもある(後から自己申告して精算しているとのこと)。
———時々しか来なかったらドロボーに間違われますけどね、毎日こんな格好して来ていたらどうもありませんねん。
大原に住んでいるわけではないが、大原という里のコミュニティの一員として、信頼され、受け入れられているのがわかる。そうして築かれた農家と料理人の家族のような関係性は、農家の方でも知らなかったような野菜の魅力を、料理人の視点で発見することに繋がった。
なかひがしの料理には、普通は料理に使われないような、野菜の部位が登場する。白菜やミョウガには花が咲き、香りがするということ、ダイコンのカイワレには土を跳ね除けるという役割があるということを、人々は、料理を通して、知ることになる。そこには、大原の季節の機微が反映されている。スーパーの野菜では、決して味わうことができない味であり、自然の多様さ、ユニークさを、五感を通して感じられるものである。それはまさに大原の野菜と料理人の出会いによって生まれた文化といえるだろう。
次号では、大原の風土と農業のかかわりについて、大原の朝市に出店する第2世代の方たちを中心に話を聞いていく。第2世代は、大原の農業を盛り立てた第1世代から学び、それを発展させながら、ここ数年で加わった第3世代も見てきている。彼らの視点から大原を眺めてみたい。
1989年岐阜生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒業。雑誌やウェブの記事を編集・執筆するほか、コーディネーターやアートフェスティバルのPRとしても活動する。
写真:石川奈都子
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。