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アネモメトリ -風の手帖-

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#23
2014.11

スローとローカル これからのファッション

後編 つくり手たちの現在
1)北海道・根室に拠点をつくりたい
suzuki takayuki スズキタカユキ1

スズキタカユキさんは洋服の原点にさかのぼったような骨太な服をつくるデザイナーだ。それは自給自足の生活をするアーミッシュのワークウエアのようにも、ヨーロッパの古民家のワードローブに長くしまわれていた衣装のようにも見える。服づくりを独学で習得し、インディペンデントな活動をするスズキさんの服には熱心なファンも多く、特にクリエイターたちから支持されていると聞く。
数年前にスズキさんと話していて、「根室に移住することを考えている」と聞いたときは驚いた。トレンドを意識する作家ではないとはいえ、東京から根室はあまりに遠い距離ではないか。それ以来、真意を聞いてみたいという思いを抱いていた。実際に根室移住計画はどこまで進んでいるのか。

スズキタカユキさん

スズキタカユキさん

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(上下とも) アトリエのようす。絹、麻など天然素材を中心に、白や黒、ベージュなどベーシックな色みの独特の存在感を醸し出す服たちが並ぶ。ウェディングドレスも制作している (photo:浅野友佳理)

(上下とも) アトリエのようす。絹、麻など天然素材を中心に、白や黒、ベージュなどベーシックな色みの独特の存在感を醸し出す服たちが並ぶ。ウェディングドレスも制作している (photo:浅野友佳理)

——先月、根室に移住した友人たちとともに、根室文化推進協会を根室市で立ち上げました。文化イベントなどを通して根室の魅力を発信し、移住やUターンにもつなげていきたいと考えています。

そもそも、なぜ根室なのか。東京で指輪をつくっていた友人が趣味の釣りでたまたま根室に行き、気に入ってそのまま移り住んだのがきっかけだ。彼に誘われて根室に行ってみたスズキは、その風景、景色に感動する。自然との距離感が近く、道路に鹿がいたりもするし、駅から少し行くと湿原や森が広がっている。自然とひとが分断されていないのを肌で感じたという。緯度が高いからか、光も柔らかい。それは北欧のような光であり、ものをつくるのには最適。根室が自分に合っていると直観したのであった。
東京から遠いと思っていたが、実際には羽田から直行便で1時間、空港から車で1時間くらいと、大阪に行くのとそう変わらない。
とはいっても北海道だ。東京から離れて、根室でファッションデザインなどありえないようにも思える。

——実際に移住するとなると、スタッフやまわりをいろいろ説得をしていかないといけないでしょうね。
ただ、実際問題として都内に住み続ける必要があるかどうかは、疑問を持っています。たとえば生地は浜松、琵琶湖周辺、一宮でつくっていますし、縫製は山形とか、茨城の工場にお願いしています。染織は大分と福岡の県境などでしています。そういう意味では、東京ではつくってないんですね。もちろん中継基地としては東京がいいし、イメージをつくろうと思ったら、電話一本で友人のカメラマン、スタイリスト、グラフィックデザイナーなどと集まれて、打ち合わせができる。クリエイティブなひとがたくさんいる、そういう意味では何かつくるとなると早いのは利点です。
でも、情報はどこでも入ってきますし、作品の発表ももしかすると東京でなくてもいいかもしれない。海外で展示会をやって、日本はウェブで見てもらってもいいと思うんです。展示会などをして現物を見せるにはやはり東京が便利ですが、そのためにずっと東京にいなくてもいいかな、と。

これまでファッションデザイナーの階梯は、東京でファッションショーをして評価され、その次にパリに挑戦して世界から認められるというのがステップアップのモデルであった。しかし若い世代にとっては、東京やパリのステータスはかつてほど高くはなくなっている。若いデザイナーと話していると、東京コレクションに出てもビジネスの結果につながらないという不満を聞くことも多い。

——東京でショーをやって効果があるかどうかはブランドにもよります。ショーをやることでイメージを展開する、ショーをやるブランドだっていうイメージをつくることが重要な場合もある。うちの場合は、イメージよりも服そのもので訴えた方がいいと思っています。
東コレでショーはやりましたが、ショーで評価を受けても、ものすごく売れて、ステータスが上がったわけではありません。ビジネスだけで考えると、大量につくっているブランド、アパレル会社のほうが売れている。東コレで発表する意味が中途半端になっているんです。
ファッションはすごく波があるので、ショーをやり始めると売り上げが上がるけど、その後下がったりします。うちは買い取りなので、お店で売れなければ、次のシーズンでは買ってもらえなくなる。ファッションビジネスとして、派手に発表してフィーリングがあったひとに売るというやり方が、うまくいかなくなっているように感じます。これまでのアパレルのシステムが崩壊してきている。

ブランドビジネスの方法も大きく変わってきた。大手の小売店はマーケティング主体でビジネスをするところが多く、スズキさんのようなインディーズブランドは売り場に入りにくくなっている。
インディペンデントで仕事をしていくためには、すでにある仕組みに乗るのではなく、自分で構築しなければならない。コストの高い東京ではなく、住みやすい場所に移住するのは挑戦としてやってみる価値はある。根室という場所がクリエーションやブランドイメージにプラスに働くかもしれない。
スズキさんが考えているのは、東京と根室の2つの場所を行き来するライフスタイルだ。根室をクリエーションの拠点にしながら、仕事は東京で進める。ネットやメールもあるので、ずっと東京にいなくてもスタッフや工場とやりとりすることは可能である。あと数年以内には状況を整えたいそうだが、そのような働き方がリアルな選択肢となってきたのは興味深い。