7)小石原、本当に必要なものをつくる
「Coccio(コッチョ)プロジェクト」
徹底したリサーチを積み重ねて「本当に求められているもの」をつくること。九州大学の池田研究室、福岡県東峰村の小石原焼の窯元3軒と進めた「Coccio(コッチョ)プロジェクト」は、小石原焼の高い技術を生かしながら、現代の生活に合った新たな食器を生み出すために始まった。ちなみにCoccioとは、イタリア語で「ふだん使いの器」という意味だ。
———これ以上ものをつくらなくてもいい時代にものをつくるということの意味を考えよう、と。みんなで食事が楽しめて、心が満たされるような食器を提案しようとコンセプトを決めて、リサーチを行うことにしました。
徹底して調べるのは、僕がイタリアで習ったように、考え得る資料をすべて出してから「ここにないもので、生み出す必要のあるもの」を考えることをしたかったから。例えばパスタの皿をデザインするときに、パスタが何か知らないとデザインはできません。だから最初に、家庭のパスタを(九州大学の池田研究室に)調査してもらったんですよ。「今日はパスタ」という家に行って、パスタといいながらトンカツなんかも一緒に置いてあるのか、それともちゃんとバゲットにワインなのか。箸で食べているのか、フォークで食べているのか。それから、家族構成や食器棚の食器がどうなっているかも調査する。それらを踏まえて、デザイン案を出していったんです。
リサーチは多岐に渡った。小石原の地理・歴史に始まり、村民性、小石原焼の歴史に技法、流通のしかた、日本における食の歴史、食器の使い方と人々のふるまい……。調べを進めるうちに、分厚いノートができあがった。名づけて「轆轤(ろくろ)とノート」。轆轤をまわすペースでノートをつくっていこうとしたら、膨大な情報量となったのだった。それをもとに、どんな器がいいのか、ディスカッションを繰り返した。
新たに気づいたことがいくつもあった。日本の食卓には、さまざまな国の料理が乗っていること。食事そのものの時間は短いけれど、食後のデザートの時間は長いことなど、浮かび上がってきた現代の食生活に合わせて、手づくりの洋食器のデザインが生み出されていったのだった。
Coccioのシンボルとなるのは、お皿が4枚つながったかたちの「Quartetto」だ。この皿に盛られた4種類の料理を、食卓を囲んだみんなで取り分ける。ともに食事を楽しむための器である。
制作過程で城谷さんが心がけたのは「みんなでつくっていきやすい」かたちだった。デザイナーやディレクターの秀でた感性があって、それに従っていくのではなく、地道なリサーチの積み重ねを生かして、共同作業しながらデザインを生み出していくスタイルを目指した。
———最高のフォルムを生み出すことは難しいことですが、ある程度の合理的で美しいフォルムは訓練したらできるというのは、僕もデザインをしているなかでわかってきたんですね。
では、プロジェクトのなかで最高のフォルムを生み出すのかとなると、それは僕のやることじゃないだろうと思ってます。もちろん、クオリティの高いフォルムをつくろうと努力はしますが、みんなで共同するなかで生まれ出るかたちを僕はやっていきたくて。すごくきれいなフォルムと完成度だけど“よくないこと”はしたくない。例えばどこかの国の子どもが学校に行けずに労働してできたものとかね。逆に、社会的に意味があるというだけで、やってることがいいけど、あか抜けないこともしたくない。僕としては、ぱっと見たときに惹かれるものがあって、背景を知ったらもっと好きになるというスタンスかな。
デザインの完成度と、取り組みとしての意味。その兼ね合いがとれてこそ、日々の暮らしで役立つ新しい器となれる。食卓を囲むひとたちに楽しみをもたらすコミュニケーションツールとしての役割も果たせる。
「最高のかたちを目指さない」とは誤解を招く表現かもしれないが、つまり目的は「かたち」ではない、ということだ。城谷さんがやりたいこと、つくりたいものは、作り手やその周辺にいる人びとが知恵をつけ、実感し、共同することによって生みだされる。そして、そのものが日々使われるなかで、生活がより良くなり、生活も社会もきれいに循環していく。幸せな生活がそこに生まれる。城谷さんの目指すところは、より良いデザインによってもたらされる「幸せな生活」なのだと思う。