アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#40
2016.04

幸せに生活するためのデザイン

前編 城谷耕生の仕事 長崎・雲仙市小浜
8)雲仙小浜、まちそのものをデザインする
「北刈水エコヴィレッジ構想」

長崎や大分、佐賀などでのプロジェクトを経て、城谷さんはついに地元・雲仙小浜で新しい構想を立ち上げた。地域の伝統工芸をとらえなおし、ものづくりをするという取り組みをさらに発展させて、まちそのものをデザインしていくこと。それが「北刈水エコヴィレッジ構想」である。

冒頭で述べたとおり、この界隈はノスタルジックな景観が魅力的なエリアである。ただし、生活者の視点に立つと、旅行者にとっては雰囲気のある路地や坂道も、車が入れない細い路地、上り下りが大変な急な坂道、となってしまう。結果として、刈水地区では空き家が目立ち過疎が進んでしまっていた。地域をデザインし直して、活性化を図ろうと城谷さんは考えたのだった。

———「北刈水エコヴィレッジ構想」を立ち上げる前の年に、学生たち向けに、デザインは商業都市ではなく、地方の伝統的な知恵などのなかにあるんじゃないか、ということを伝えるワークショップをやったんです(雲仙デザインワークショップ)。それを毎年やりたいと思ったのがきっかけですね。自分の自発的なプロジェクトです。

2012年の夏、具体的には長崎大学との共催というかたちで、城谷さんやイタリア時代のルームメイト多木陽介さんなどが講師をつとめ、参加学生を募ってワークショップを行った。
やりかたとしてはいつものように、徹底した調査から始めた。刈水地区のなかで「景観」「施設」「菜園」の3つを柱とし、居住する人々に話を伺いつつ、空き家の調査、石垣や坂道、水など地区の景観を調べ上げていく。そして、地区の魅力を生かしたエコヴィレッジのプランがまとめられたのだった。
そのプランを最初に現実化したのが「刈水庵」に他ならない。大工の棟梁の家だった10年来の空き家を修復し、オープンしたのである。

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多角的な地区調査に基づき、刈水の「エコヴィレッジ構想」の全体像と具体的な展開例を描き出した

多角的な地区調査に基づき、エコヴィレッジ構想の全体像と具体的な展開例を描き出した

———プロジェクトを始めたころは、店をやるとは思ってなかったんです。でも調査するうち、住民の方から、(空き家を)「ぜひ何かに使ってください」とか「この素敵な計画はいつになったら始まるのか」というような声があがって、じゃあできるところからやってみようとなってやってみたんですね。

これまでのプロジェクトと決定的に違っているのは「新たにものをつくらない」ことだろう。元のつくりを最大限生かして、できるだけ自分たちの手で改装する。それも、「デザイナーだからできる」改装ではなく、空き家を有効利用したいひとのモデルケースとなれるように、どこでも手に入る素材を使うなどして進めたのだった。
じっさいに改装を手がけ、店を開けてみて城谷さんがあらためて思うことがある。「何もつくらない」ことの意味と、デザイナーのスキルの活かし方である。

———これだけの空家を見てしまうと、いろんな疑問も出てくるわけですよね。僕たちの仕事は新しいものをつくることだけど、その必要があるのか、という。でも日本では、これだけ空家が増えているのに、まだ新築をつくりつづけている。これに対して自分も何か考えたいと思いましたね。
今、僕たちは5軒の空家を活用していて、今年はもう少し活用できそうな手応えを感じています。何もつくらなくても、そこで暮らして経済活動ができるということをやってみたいと思いますし、僕たちの建築やデザインのスキルも活かしたい。
刈水庵をはじめてから、自分のスキルをこういうところで使えると気づいたことがいくつかあるんです。そのひとつが「修復」ですね。自分たちで柱を立てたり障子を貼ったり、屋根に登って雨漏りしないように漆喰でとめたりとか。あとは、パンフレットのデザインも自分たちでできるじゃないですか。ディスプレイも家具のコーディネートも、お茶を出すときのカップ&ソーサーのコーディネートもできるし。そう考えたら、デザイナーはいろんなことができるんだなあって。外のひとに頼まずに自分たちでするとなるとお金がかかりませんし。デザイナーができることってまだたくさんあるんだと思いましたね。

必要なければ、ものはつくらなくてもいい。でも、それではつくり手やつなぎ手、売り手の仕事は成り立たず、経済の循環も起こらない、と思いがちだ。
でも、視点を変えたらどうだろう。今あるものを工夫して活用するなかでも、経済活動は生まれる。たとえば、修復は「つくりなおす」ことでもあり、デザイナーがやるべきことはいくつもある。
伝統を受け継ぐものづくりのこれからは、新しくつくることだけではない。循環させるしくみを考え、工夫をしていくなかで、次につなげる何かが生み出されていくのではないだろうか。